第15章 ここまでいろんな思いもしたけど、やっぱり変わらず新は新だ。

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第15章 ここまでいろんな思いもしたけど、やっぱり変わらず新は新だ。

紛れもない新本人のその声が呼びかけにようやく応えたのは、病院の建物を出てしばらく歩いてからだった。 『…何だよ、どうした。なんで泣いてんの?葉波』 唐突に降って湧いたように耳許で響くいつもの声。そのときほど奴の態度が空気を読まない呑気者に思えたことはない。心配しすぎたあまりの反動か、わたしはむしろかっとなって後先忘れて思わず噛みついた。 「どうしたじゃないよ。…どこ行ってたの、今?呼んでも全然応えないし。わたし、てっきり」 新はわたしがそこまでかっかする理由が今いちわからないみたいでまあまあ、と宥める口調で軽くいなした。 『そんな、慌てることないじゃん。葉波も案外おっちょこちょいだな。俺がお前に無断で勝手に離れていくわけないだろ?それで、どうなの。…俺、いた?』 「そんな、こと。…へ?」 そんなことないよ。だいいちあんたの意志とは関係なく、強制的に身体に戻らされて閉じ込め状態になったり、何かに取って食われたりする可能性いくらでもあるでしょ。と反論したかったのに、最後のあっけらかんとした問いかけにいきなり足許を掬われた。 「あんた。見なかったの、さっき?自分の顔」 『見てないよ。へぇ、じゃあほんとに俺、病院にいたんだ。…そしたらまだ、俺の身体存在してるんだな。生き返れるかもってこと?』 「かもじゃないよ。…生き返れるんだよ、ほんとに。…元の、普通の人生に」 言葉にならない感情がぶわっと湧き上がりかけて思わず言葉に詰まる。けど、喜びを爆発させるタイミングは今じゃない。ちょっと冷静になって、さっきの経緯を確かめないと。 「なんで。病室に来なかったの?記憶はどう、戻ったの?…それで、もしかして、自分とか。家族に、会いたくないとか?」 あまり変なところのあるご家族じゃなさそうだけど。お姉さんとの関係も悪くなさそうだし、ご両親も痛切に胸をいためて新のことを真剣に心配してるって話だったのに。と不審に思って尋ねる。奴が首をすくめた気配がして、おもむろにぼそぼそと打ち明けてきた。 『会いたくないもなんもないよ。まだどんな家だったか。思い出せてないもん…』 「なぁんだ。せっかく身許がわかったのに」 わたしはつい拍子抜けして嘆息した。 「だったらなおさら、病院に顔出せばよかったのに。自分の顔を見て、お姉さんに会えば。それがきっかけで何か思い出せるかもしれないじゃん?それともやっぱり、記憶を掘り起こされるのどうしても嫌なの?でもお姉さん、いい人そうであんたと仲も良さそうだったし。お父さんとお母さんも新のこと、すごく心配しているみたいだよ。…普通にちゃんとしたいい家族なんじゃないかと思ったけど」 『…そうか』 さすがに感じ入るものがあったのか。一瞬新はしんとした声でぽつりと呟いた。 『なんか、思い出せないのが申し訳ないな。どうしてこうまで記憶が戻んないのか。理由がわからないことにはどうしようもないし』 「だから。ちゃんと最後までついてきて病室まで来ればよかったんだよ。自分にお姉さんがいたことも忘れてたんでしょ?遥さんの顔見れば。スイッチ入って一気にいろいろ思い出せたかもしれないのに」 思わず文句を言うと、新は感情の底が抜けたような素っ気ない声でこっちが思ってもみないことを言ってのけた。 『仕方ないだろ。病室どころか、病院にも入れなかったんだ。俺の意志でってわけじゃないよ』 「…え?」 そんなわけ。ちゃんとここまで一緒に来たじゃん、と口にしかけて思い直す。 病院に着くまでずっとそばにいた気がしてたけど。思い返せば奴が喋ってたのってどの辺までだったっけ? 駅を降りて、今のこの地点くらいまで歩いて。建物が見えてきた辺りで言葉を交わしたのは覚えてる。そのあと、病院に着いてからは周辺に人が結構いたから声も出しにくくて。…エレベーターで一人になったときにようやく話しかけてみたら。そういえば、返事がなかったような。 そう考えたら。確かに、病院の中で。新の声を聞いた覚えが全くない…。 「立ち入り禁止みたいになってたわけ?どうしてそのとき言わなかったの。いつの間にかいなくなってるみたいになってたから。話しかけても全然返事がなくなって、ほんとに焦ったんだよ、さっき」 ごめん、ここから俺入れない。とか何とか断ってくれればあんなに青ざめることもなかったのに。とつい文句を言うと、奴は素直に謝ってくれた。 『心配かけてごめん。でも、どうしようもなかったんだよ。お前について一緒に病院の中に入ろうとしたら。すごい勢いで遠くに吹っ飛ばされたんだ。いきなりだったから、声上げる暇もなかったよ』 「ええ?何それ。どういうこと?」 わたしは訳がわからなくて首を捻った。 「なんていうか。結界が張られてて、悪いものは入れないようになってるとかかな。悪霊退散とか?」 『誰が悪霊か。だいいち俺が悪霊なら、そもそもお前のそばにいられるわけないだろ。違うんだよ、結界で遮られるとかそういう感覚じゃない。文字通り吹き飛ばされたんだ。突風とか竜巻で有無を言わさず遠くへ飛ばされた、って感じだったよ』 イメージは伝わるけど。だからといって釈然となるってわけじゃない。わたしは思わず腕を組んで頭を捻った。
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