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ところが不思議なもので、こんな話になるとそれなりに自覚のようなものが芽生えるのか、アカネは曲がり気味だった背筋を伸ばし、きりりとした視線を湛え、このうちの家格――というものが人の世にはあるらしい――にふさわしい気配を身に着けだした。
そして、自分たちの取り分を少しでも増やしたい大人たちが、なんとアカネのご機嫌を取り始めた。
当然、アカネはそんな人たちにはなびきもせず、私にだけ心を許して、すり寄ってきてくれた。
そうすると今度は、輪をかけて呆れたことに、大人たちは私のご機嫌をとろうとし出した。
そんなことをしても無駄なのに。
さすがに私は、親族たちを情けなく思った。
その頃、元々丈夫ではなかったアカネの体は、さらに衰弱していった。
何度も病院へ行っても、ちっともよくならない。
ものを食べてもゲッと吐いてしまうし、咳のような息遣いもよくしている。私が夕方帰ってくると、部屋の日なたで背中を丸めて転がっていることが増えた。あれはただうたた寝しているのではなく、ぐったりと体を横たえているのだ。
私が傍を通るとよろよろと体を起こしたけれど、いいから寝ていて、と言って聞かせた――聞かせたつもりだ。
再び横になったアカネの弱弱しい呼吸を聞いていると、胸が締め付けられるようだった。
□
そんなある日、親戚の若い男の人がうちにやってきた。
以前から顔見知りの彼は、おばあさんが遺言を述べてからは、来たのはこの日が初めてだった。
私から見てもなかなかの男前で、優しい性格をしており、アカネも以前は(珍しいことに)よくなついていた。
しかしこの日は、その人の顔に、いかにも下卑た笑顔が貼りついていた。お金というものだけで頭の中が占められている時、人間はよくこういう顔になる。そのお手本のような表情だった。
アカネもそれが本能的に分かっているのだろう。男の人が居間に座り込み、手招きしても、寄りつこうとしない。
けれど男の人は手を伸ばして無理やりアカネを抱っこすると、
「どうしたんだい、前はあんなに仲良くしておくれだったじゃないか。僕も君のことを好いているのに」と頭や背中を撫でた。
今のアカネがそんなことで喜ぶわけがなく、身をよじって逃げた。男の人は、むきになってアカネを追いかけようとした。
私は思わずその男に駆け寄って、足を蹴ってやった。
男の人は、驚いて私を見て目が合うと、さすがに少し冷静になったのだろう。悪態をつきながらも、すごすごと帰っていった。
居間に戻ってきたアカネは、私に頬をすり寄せると、か細い声で鳴いた。
聞いているだけで私の体が細りそうなほど、悲しく、頼りない鳴き声だった。
その声に、私は、もしかしたらアカネの状態は私が思っているよりもずっと悪く、遠からず死んでしまうんじゃないかと思って、ぞっとした。
それから少しして、おばあさんが死んだ。
アカネは、私のたった一人の友達だ。
いや、今やただ一人の家族だ。
この家の中でアカネが頼れるのは私だけで、私が心を許せるのもアカネだけだった。
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