1章 夢十夜

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1章 夢十夜

 こんな夢を見た。  夢の中の私は胡蝶の姿になって住んでいる街を飛び回っていた。  今はもう潰れてしまったおもちゃ屋。街のシンボルでもある観覧車。鉄橋の下を流れる六条川の水面の煌めき。その街並のどれもが私の生きる日常と変わりなかった。  商店街を飛んでいると、夢だというのに良い匂いが漂ってくる。毎日、通学途中に立ち寄る惣菜屋のコロッケだ。さすがにこの姿で店先には並べないなと苦笑する。三年ほど閉店セールを続けている洋服屋。子どもにだけ対応が悪いおばあさんのいる駄菓子屋を抜ける。  裏通りを空から覗いてみると、一年中ずっと風鈴だけを売っている、びいどろ屋というお店があった。数年前から青年が店番をしていて、小学校低学年のころ、初めて見たときには得体の知れない恐怖と好奇心が混って、もやもやとした気持ちになったのを今でも覚えている。  …………あれ? と、長い遊泳の末に思う。  胡蝶の姿になってしまったというのに、私はこうして自由に空を旋回している。  いつもなら夢の中で上手く走れない浮遊感に見舞われるのに、今回はそれがないのだ。  もしかしたら、この夢の世界こそが現実なのかもしれない。  気付けば花も、鳥も、風も、月も、その全てが悠久の中で止まっていた。  今ここで声を上げても、言葉が静かに飲み込まれてしまうような静寂さを感じる。  モノクロとなった世界の中を泳ぐ。  やがて、マンションの六階に辿り着いた。  そうだ。ここで彼は、有村は――  夢が変容する。  胡蝶の姿から元の私に戻る。舞台は二週間の冬。有村の住むマンションの敷地内だ。  あの日も今日みたいに寒さが纏わりつく日だった。敷地内に足を踏み入れる。ふと、気配がしたので空を見上げると六階に有村の姿を捉えた。遠くをぼんやりと眺めていて私には気づいていないみたいだ。声をかけようとして、一瞬ためらう。  様子がおかしい。ぼんやりしてるというより、どこか、虚ろで生気がなくて。 「……あ」  目が合う。空気が揺らいだ気がした。  有村の口が開く。声を出していないのか、私のいる地上まで声が届かないのか、短くなにかを発しているようだったけど聞き取ることはできなかった。有村に手を振って「今、行くから」となるべく大きな声で伝える。違和感は残るけど足を前に進めようとした。  そのとき、
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