姫部屋に住むお嬢様

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姫部屋に住むお嬢様

三条家に招かれた私と叔父様は千花ちゃんの部屋にいる。部屋はまるでおとぎ話に出てくるお姫様のもののよう。 「池袋の掃除屋って二人一組なのね、しかも私より若い女の子がこんな危険な仕事をしてるの?」 千花ちゃんは心配そうに私を見ている。 「下都賀家の家業ですから。それに私は自分の意思で亡き父からこの仕事を引き継ぎました」 「お父様を亡くされたの、まだ若いのにそれは心細いでしょう」 「心配ご無用、頼りがいのある叔父の私がいますから」 叔父様が割り込んで千花ちゃんに話しかけると、彼女は叔父様をチラッと見てから呟いた。 「45点。フラフラ遊び歩いて50過ぎまで独身、見るからに軽くてチャラそう。仕事は出来るけど家庭人として不適格なタイプ」 千花ちゃんの辛い採点に私は吹き出してしまった。笑い続ける私を睨み付けてから叔父様は千花ちゃんに言い返す。 「凜は、そんじょそこらの女子高生と違ってしっかりしてる。仕事柄教えることは多々あるが、保護者としての役割が必要な場面はない」 千花ちゃんはムキになってる叔父様にクールに言い放つ。 「そう。あなたの方が子どもっぽく見えるから、凜さんがあなたの保護者ね。人を使う立場にいると自然と人を見る目が養われるのよ」 千花ちゃんの毒舌に言い返せなくなって、叔父様は天蓋付きのベッドの柱を猿のようによじ登って、てっぺんからあっかんべーをしている。 「叔父様!女性のベッドで何してるの!?」 私は胸ポケットに忍ばせてあったビー玉を叔父様めがけて飛ばしたけど、叔父様は豆を食べる鳩のように口でキャッチして、ビー玉を手に取って私に飛ばし返してきた。ハンカチを素早く取り出し左手でキャッチして、ビー玉をハンカチにくるんで胸ポケットにしまうと、千花ちゃんは目をまん丸にして拍手してくれた。 「ハリウッド映画並みのアクションね。ビー玉ひとつでも武器に早変わり。ネットの噂だから腕が心配だったけど、あなた達ならそつなく仕事をしてくれそう」 千花ちゃんがクリアファイルから見積書を取り出して仕事のギャラの交渉に入った。 「へぇ、自分でここまでやる依頼人は滅多にいない。しかも見積り金額もいい線いってる。高過ぎず、安過ぎず。経営者としての腕は一流のようだな」 叔父様は見積書を見て感心している。 「三条家の人間なら当然。あなた達の仕事が代々続く家業なのと同じ。商才のないものは三条家の人間にあらず」 千花ちゃんは引き締まった表情で言う。叔父様は見積書を丁寧に読んでから、 「違法コピーを二度とさせないだけならここから2割引きしよう。犯人が誰かより、偽物を世に出さないことの方が重要だと思わないか?」 さっきとは変わって真剣な顔つきで千花ちゃんに問いかける。犯人は恋人か親友、もしくは二人の共犯…。千花ちゃんはまだ知らない辛い真実。叔父様は上手く事件だけ解決させて千花ちゃんが傷つかずに済むようにと誘導している。 「いいえ。三条家の家訓に一度裏切った者は信用しないというものがある。誰であろうと私のブランドの偽物を作るなんて、容赦しないわ」 千花ちゃんは犯人を明らかにすることを望んでいる。叔父様はひとつため息をついてから、 「気の強いお嬢様だ。こんな少女趣味のフリルとレースとリボンに囲まれた部屋で暮らすより、三条のトップに君臨して高級家具に囲まれた暮らしの方が似合いそうだ」 千花ちゃんの姫部屋を眺めて笑う。千花ちゃんはムッとした表情で、 「私は自分のブランドを立ち上げたときに決めたの。三条のネームバリューに惹かれてついてきたスタッフも、いつか名前ではなく私自身を信用してくれるようになってほしい。絶対に立派な経営者になってみせる。そして、ブランドを一流にするためにはコンツェルンの仕事をしてる暇はない。菫さんがいれば安泰よ。長男とその妻が継ぐことで事業の安定的な継承を内外にアピール出来るし、私が経営に関われば内部で兄につく者と私につく者との争いが起きて、三条コンツェルンは弱体化する。三条家になんのメリットもないわ」 叔父様は千花ちゃんの頭のキレの良さに目を細めながら、 「三条家でなく下都賀家に産まれていたら、一流女スパイになりそうな逸材だな」 叔父様は遠くを見て何か昔を思い出すような顔を一瞬だけしていた。千花ちゃんは笑いながら振り返った。 「スパイよりアサシンがいい」 アサシン、つまり暗殺者と言った千花ちゃんの目は笑っていなかった。まさか、今まで生きてきた中で命を狙われたことでもあるのだろうか?叔父様も千花ちゃんの目の奥の闇に気がついたようで、 「池袋の掃除屋は面倒見がいい。身辺警護はもれなくついてくる、ハッピーセットだ。安心してくれ」 軽くウィンクする。千花ちゃんは私の方を見て、 「そう、じゃあ、お風呂と寝室の警備は信用出来る凜さんにお願いするわ」 含み笑いをしている。私も千花ちゃんに連られて笑うと叔父様が、 「依頼人に手を出す趣味はない。向こうから惚れてくることはあるがな」 気障な仕草で髪をかきあげる。千花ちゃんは、叔父様に近づいて髪の毛の生え際を指差して、 「まあ、年齢の割には髪は保ってる方ね。でも、後退してるわ。頭打ちになっている先進国のGDPみたく」 叔父様の生え際を国のGDPに例えるとは…。叔父様は言い返せなくて悔しいのか、千花ちゃんが用意してくれたケーキをやけ食いし始めた。山盛りのケーキを食べ尽くして、香りが甘い紅茶を飲み干してから千花ちゃんの部屋を去る。
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