足跡から辿れ!

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足跡から辿れ!

犯人の候補は二人。千花ちゃんの親友大迫範子と千花ちゃんの彼氏柳屋隆一。 私が範子を叔父様が隆一を手分けして徹底的に調べ上げる。千花ちゃんの仕事部屋は三条家のお屋敷とは別の離れにある。 小さなその別棟はお菓子の家のようなメルヘンチックな見た目。仕事部屋に入れるほど親しい範子と隆一。お屋敷から離れまでは400mほど歩く。舗装されていない小路の両脇には、妖精が気まぐれに顔を出しそうな花畑が広がっている。 今、舗装されていない小路を叔父様と私は注意深く観察している。二人の下調べを済ませた。親友の範子には千花ちゃんの成功を羨む妬み嫉みという動機があり、彼氏の隆一には三条家のお嬢様と付き合うにしてはあまりよろしくない交遊関係があり、最近やけに羽振りがいいという悪い噂があった。 千花ちゃんは新作の制作に取り掛かっている。違法コピー商品を作るために犯人はまた動き出す可能性が高い。 千花ちゃんの身辺警護もあるので、小路をずっと見張っている訳にもいかず、防犯カメラを設置しているが、怪しい姿はない。 ある朝、防犯カメラが壊されていた。そして、小路には女性のピンヒールの足跡が残されていた。 「範子さんか…。でも動機が弱いような…」 私が呟くと叔父様は小路でいきなりバク転をしてから、私が履いている靴を指差して言う。 「400m逆立ちで歩けば俺でもこの足跡は作れるぞ。隆一はブレイクダンスが趣味。寝物語で防犯カメラの話を聞き出して壊して尻尾を出したな」 私は、仕事用のローヒールを脱いで手を靴に入れて、踵と爪先の傾斜を確かめる。 「叔父様、ローヒールでもこの高低差よ。ピンヒールに手を入れて400m進むのは難しいわ」 試しに、自分の靴に手を入れて逆立ちしてみる。 「オイ、パ、パンツ丸見えだそ!」 叔父様は両手で目を隠してオタオタしている。 「見せパン履いてますから」 淡々と仕事用の黒のスーツのスカートが逆さまになるのも構わずに、逆立ちで靴に手を入れて歩く。私なら400mでもイケるかもしれない。でも、ピンヒールの中に手を入れて逆立ちで歩くのは至難の技だ。ローヒールの靴でも不安定で、バランスを崩しそう。いくらブレイクダンスが上手くても、途中で転ぶだろう。 逆立ちがダメならあとは…。 ブレイクダンスから連想ゲームで高速で飛ぶ縄跳びを思い出した。縄を持った二人が高速で二本の縄を交差させて、そこを踊りながら跳ぶ。中にはスケボーや、ローラースケートを履いて跳ぶ荒業や一輪車に乗ったまま跳ぶものもあった。一輪車…。小学校の運動会で一輪車レースがあったっけ。それに竹馬競争も…。 竹馬!竹馬の足にピンヒールを履かせてバランスを取る方が逆立ちより遥かに楽だわ。 「叔父様、掃除の手掛かりが見つかったわ。竹馬にピンヒールを履かせて隆一はこの小路を渡って範子さんに罪をなすろうとした。どうかしら、私の推理は?」 「当たってる。それはいいからさっさと逆立ちを止めろ!見せパンだからっていつまで見せてるつもりだ」 叔父様がオタオタしている姿を逆立ちしたまま見ているのが面白かったけど、クルッと前転して元の姿勢に戻って靴を履く。 「隆一の調査で何か気になった点はないの?叔父様」 叔父様は目を隠していた手を退けて、スマホの画面を見せてくれる。 「隆一は遊び人タイプで、少年院に入っていた時期もある。典型的なお嬢様と不良のカップル。千花を利用して金儲けしてるんだろうな」 そこには、工場でコピー品作りの指示を出している隆一の姿があった。 「千花ちゃんに気に入られて結婚した方がこんなことするよりお金持ちになれそうだけど?」 私が疑問を口にすると、 「三条家のお嬢様の結婚相手は本人の意思だけで決められない。親がNOを突き付ける。だからこんなセコいことするんだろう」 「どうしょうもないクズね」 「まあな…。ただ、救いはひとつある」 「何?親が病気でお金が要るとか?」 「こいつはこの若さで天涯孤独の身。悪い連中の中しか居場所がなかったのさ」 「だからって千花ちゃんが精魂込めて作った作品の偽物を作るなんて、クズだわ」 「凜、クズにも立ち直れるクズとどこまでも堕ちていくクズがいる。俺は凜より長く生きてる分、人を見る目がある。こいつは立ち直れるタイプのクズさ」 「どうしてわかるの?」 「昔の俺に似た目をしてるからさ」 「叔父様に似てる?どこが?」 私は叔父様の顔をまじまじと見る。 「俺は下都賀拓実であって下都賀拓実じゃない。天涯孤独の身だった俺は、下都賀卓郎拓実兄弟と一緒に働いていた。下都賀拓実はとっくに死んでいるのさ。下都賀拓実として彼の志を継いでくれと、卓郎さんと蘭さんに頼まれた」 「父と母に頼まれた?何者なのあなたは?」 「何者なのか自分でも知らないのさ。物心ついたときには戦場で銃を構えていた。中東の紛争を生き延びて、日本人に見えるという理由だけで日本にやってきた。日本で俺をスカウトしてきたのが下都賀卓郎と拓実兄弟、そして蘭さんだ。何者かといえば下都賀家の助っ人さ」 言葉が出て来ない。中東の紛争地帯を生き延びた?私の疑問を見透かしたように、 「推測だが、俺の出自はアジア系傭兵と現地の商売女との子だろうな。育てる気もなく邪魔だから捨てられた、貧しい国ではよくある話さ」 淀みなく話す叔父様に、なんて言葉をかけていいかわからなかった。 「そんな憐れむ顔をするなよ。今は下都賀拓実としてあいつの人生を引き継いでる。日本に来てから卓郎、拓実、蘭さん、良い仲間に恵まれた。スカウトされてラッキーなのさ」 くしゃくしゃっと私の頭を撫でる叔父様の笑顔に、なぜか私はドキリとした。血の繋がった親戚だと思っていたのに、赤の他人だなんて急に言われたら…。変に意識しちゃうじゃない! 「その件は千花ちゃんの事件を解決してからゆっくり話をしましょう。まずは隆一に犯行を自白させて千花ちゃんの前に突き出さなきゃ」 「そうだな。三条千花のアフターフォローは凜の適性テスト、中級の試験だ」 私と叔父様は柳屋隆一の家に闇討ちを仕掛けた。バタフライナイフで切りつけようとする隆一を、三秒で畳んで逆に首に彼が持っていたナイフを突き付けて吐かせる。 「大人しく喋れ。俺の相棒は猟奇的だ」 叔父様が隆一を脅し、私は彼の首の皮にナイフの刃をヒタヒタと滑らせていつでも切れるとアピールする。 「金だよ。千花と付き合えばあいつの仕事の情報が手に入る。コピー商品で儲けようってネンショー仲間から持ちかけられてさ」 「それで?」 私は隆一のご自慢らしい金髪の前髪をパッツンになるように切り取る。 「どうせ俺なんて生まれも育ちも悪い。千花が本気になってもあの家の連中は俺を追い出すだろ?それなら…最高に嫌な悪い奴だった、あんな男と付き合ったのは気の迷いで間違いだったと思って憎まれた方が千花は…あいつは次こそ相応しい男と幸せになれる。どこの馬の骨かわからないような俺より、血統書つきのサラブレッドがお似合いだ」 隆一を立ち直れるクズだと言った叔父様の真意がわかった気がした。不良仲間から抜けるには代償が必要だし、何より隆一には悪い仲間しか居場所がない。千花ちゃんを利用する目的で近づいたのに、隆一はいつしか千花ちゃんのことを好きになっていた。最低な奴として、彼女の前から消えるつもりだったのか。 「私たちが来なくても、彼女に自分からバラして嫌われるつもりだったの?」 私はパッツンにした隆一の前髪をバタフライナイフで器用に元のツンツンヘアに戻すために、髪に対して縦にナイフを入れていく。 いつ額に刺さってもおかしくないナイフに怯えた彼は、 「そうだよ。仕事が出来ても男で人生台無しにする奴もいる。俺みたいなのに二度と引っ掛かるなよって」 諦めたように本音を語った。私は彼の鼻先にナイフの先端を押し当てて、 「だったら、今から千花ちゃんに相応しい真っ当な男になりなさい、あなたが!私は千花ちゃんのブランドのファンなの。千花ちゃんが悲しむ所はみたくない。更正する?それともここで死ぬ?好きな方を選ばせてあげるわ」 鼻を削ぎ落とす勢いで隆一に迫ると、ツンと鼻をつく臭いが立ち込めた。失禁した隆一が泣きながら、 「更正…します。助けて…」 26歳の大の男とは思えない情けない姿を見せた隆一を憐れむように叔父様が隆一を縛った縄を解く。 「だから言っただろう?俺の相棒は狂暴なのさ。しかも三条千花のファン。運が悪かったな」 隆一の部屋を去った私たちは千花ちゃんに掃除の仕事の報告に行った。 「隆一が…そんな…」 青い顔を両手で覆って泣き出す千花ちゃん。私は、隆一を締め上げていたときに撮っていた動画を編集しておいた。失禁シーンはカットして、 「彼は死に怯えて更正を選んだ訳じゃないわ。私たち掃除屋が来なくても、憎まれ役として恨まれたまま別れるつもりだったの。生まれも育ちも違い過ぎるからって。でも、今の彼はまともな仕事に就いて、初めてのお給料を貰うまではあなたに見せる顔がないって言ってる。工事現場で昼夜問わず働いてるわ。真っ黒に日焼けした顔でまともに稼いだお金でプレゼントが買いたいんだって」 千花ちゃんの白い顔にうっすら光が差したように見えた。 「私はやっぱりコンツェルンを継ぐ器じゃない。自分のブランドだけをやるわ。三条家の家訓、一度裏切った者を信用するなが守れない。隆一が更正してくれるなら私は彼を守りたい」 千花ちゃんにハンカチを手渡して、私たちは三条家のお屋敷から事務所代わりにしてる家に向かった。コーヒーを飲みながら叔父様に尋ねる。 「掃除屋中級テストの合否は?」 「合格だ。隆一の失禁シーンをカットした優しさは特に評価する」 「あのくらいで怯えてたら下都賀家じゃ生きていけないわ」 「あいつはただの不良だ。凜は少し手加減を覚えた方がいい」 「元不良よ。きっと彼は更正する」 「そうだな。忘れた頃に凜に鼻を削ぎ落とされたくないだろうから」 「違うわ、彼は千花ちゃんを愛してる。叔父様言ってたじゃない?アフターフォローに大切なのは愛だって」 「ああ。あの二人ならきっと大丈夫さ」 コーヒーカップを置いて帰ろうとする叔父様が私に背を向けて軽く手を振る。事件解決後のいつもの姿なのに、なぜか叔父様のその後ろ姿に釘付けになってしまう。血が繋がってない…。いつも私を守ってくれる大きな手は、どんな女性を抱き寄せているのだろう。 なかなか眠れない夜に限って月が明るく星が眩しい。 (終)
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