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「みぞれちゃん」
「…………」
外界の人間が何故この屋敷を、ましてや次期家元である俺の部屋を自由に出入り出来るのか。疑問を抱いた頃には、全てが終わっていた。
「お絵かき?」
「出て行けよ」
年齢は俺の外見年齢と然程変わらない。六~八歳の餓鬼。名は空吾と言うらしい。
「あそぼうよ、お外で」
「奉納の儀は終わったんだろ。帰れ」
「ほうのうのぎ……? あぁ、父上のつくったかたなの……」
餓鬼はそう言いつつ、俺の隣に遠慮無しに座り、肩を寄せて来る。嗚呼、鬱陶しい。嫌味のように溜息を吐いてやっても、通用しないばかりか無視だ。
「みぞれちゃんは絵、上手なんだね。おとなみたい」
「当たり前だ」なんて、余りにも無知な餓鬼に豪語するだけ無駄だ、と。
俺は最早、俺じゃない。様々な妖怪や霊の知恵、記憶を摂取、移植した身体だから。
「帰るんだろ。外界に」
「がいかいってなに?」
「テメェのお家だ、馬鹿が」
「あっ、うん……そうだね、帰る」
コイツの父親は外界じゃ有名な刀匠で、昔から大妖を斬る刀等はこの一家に誂えて貰っているそうな。
つまりは神室院にとっての上客。この餓鬼は、そこの次期当主様ってな訳で……俺の部屋への出入りも許される位には、立場がある存在。無下にはするなと言う話なのだろう。
「清々するわ」
だが、それでもだ。コイツが来てからと言うものの、煩わしい日々が続いていた。苛立ちを抑えろ、なんて無理な話。
嫌味混じりの本音に、悄気た顔をして膝を折る。これだから、餓鬼は、外の人間は嫌いだ。
「帰りたくない」
「あ?」
「帰りたくない……」
「何で」
「みぞれちゃんとまだ、あそんでないから」
遠慮しがちに微笑んで、餓鬼は俺の絵を手に取った。
「みぞれちゃん、絵はうまいけど」
「何だよ」
「ひとつだけ、いつもまちがってる」
「何を間違ってるんだって」
「空のいろ」
色鉛筆を手に取り、俺が描いた灰色の空を青色で塗り潰していく。拙い手付きで、書き殴るようにぐちゃぐちゃに色を重ねてーーそうして、完成した絵を俺に向けて笑った。
「青いんだよ、空は」
「…………」
「それを知ってほしかったから……お外でーー「黙れよ!!」
その笑顔が、その純粋さが、幸福に恵まれた顔が鬱陶しい上に、腹立たしい。机にある色鉛筆を投げ、身を屈めた所で遠慮無しに蹴りを入れる。餓鬼はその場で蹲った。
「俺は何も間違っちゃいねぇ。餓鬼がほざくな!」
ひたすらに蹴っていると、餓鬼はついに大泣きしだした。それすらも夏の蚊の如く煩わしくて、苛立ちにしかならない。だから、蹴るのを止めなかった。
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