ウォルフの掃除は終わった

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 ウォルフが二百五十発目を除去した、その次の日の午後のことだった。彼は、そのウサギたちに出会った。ウサギは二羽いた。いずれも純白で、この上なくふわふわとしていた。  思わずウォルフは声をあげそうになった。  アデーレとカール!  二発の地雷ウサギはアデーレとカールにそっくりだった。忘却の彼方に消え去っていたはずの思い出が、奔流のように彼の精神に流れ込んできそうになる。  それでもウォルフは、強いてそれを押しとどめた。深呼吸をした後、彼はまずアデーレにそっくりな地雷を抱き上げ、慎重に信管を抜いた。その間にも、あるイメージが脳裏をよぎる。あの日の生物の時間、ジエチルエーテルで眠らされて、生きたまま内臓を露出させられたアデーレ。彼はそのことを思い出さないように努めた。  カールにそっくりな地雷は、アデーレが無力化されるのを黙って見ていた。あの時と同じだ、とウォルフは思った。アデーレとカールは仲の良いつがいだった。アデーレが麻酔を掛けられている時も、腹を切り裂かれている時も、カールは檻の中からじっとその様子を見ていた。  ウォルフは、カールを抱き上げた。早く終わらせてしまおう。早くしないと、ぼくの心に悲しみが蘇ってしまう。それは、負の情動だ。彼はカールのボタンを押し脱力させて、耳を引き抜くと導線を切断した。  あの時、ぼくはアデーレとカールを殺した。ぼくは今日また、アデーレとカールを殺してしまった。  一連の作業が終了した後、彼はしばらく放心していた。地面には二羽の残骸が転がっている。  ふと、ウォルフの中にある考えが芽生えた。そうだ。アデーレとカールはここに埋めておこう。ここにお墓を作ろう。残骸を持ち帰らないと標準作業量として加算されないが、構うものか。  半時間ほどかけて二羽を埋めることができるだけの穴を手で掘った後、彼はアデーレの残骸を持ち上げた。  突然、音が鳴り始めた。  カチカチという、時計の針が刻むような音。それを耳にした途端、ウォルフは瞬間的にその意味を悟った。  これは、きっと、時限信管だ。  彼は知らなかったが、帝国は二種類の地雷ウサギを開発していた。一つは耳を引き抜くと機能が停止するタイプで、もう一つは耳を引き抜いてから数十分経過した後に自動的に爆発するもの。アデーレは後者だった。帝国は二千発に一発の割合で、時限信管型を混ぜていたのだった。  咄嗟に、ウォルフはアデーレを投げ捨てようとした。その刹那、彼の脳裏にアデーレとカールの思い出がよぎった。楽しかったあの頃の、ふわふわとしたウサギたちに囲まれていた、温もりのある記憶。それが一瞬だけ彼に躊躇いを生んでしまった。  投げられた直後、アデーレの残骸は至近距離で眩い紫色の魔力光を放ち、大音響と共に爆発した。
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