違法の花(後)

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違法の花(後)

 窓から日の光が差し込んできた。朝日だ。もう夜が開けてしまった。家の部屋に閉じ込められて一晩、僕はあの不思議な二人組のことを真警察に話さなかった。でもあの一番偉そうな青年が「守樹睡蓮の臭いがする」と言って聞かないので僕が解放されることはなかった。それから半刻程経って、おばあちゃんの妹が火葬をするからどうか僕を立ち合わせてあげて欲しいと言ってきた。僕を真警察に売った一味のくせに今更よくそんなことが言えるなと思った。僕は火葬の時だけ外に出ることが許された。好機があれば逃げられるかなと思ったが縄で両手を縛られているので望みは薄かった。  火葬場へは親戚達と僕の見張りの真警察数人とあの偉そうな青年で行くことになった。偉そうな青年は町を歩くときしきりにキョロキョロして誰かを探しているようだった。それはおそらく「守樹睡蓮」という人のことだろう。  火葬場についておばあちゃんの棺の周りに集まる。するとお坊さんが僕の肩に手を置いた。 「イツキ、リツさんに最期に何か話してやりなさい」 お坊さんは僕のことをイッキではなくイツキと呼んだ。その名前に真警察が動いたが青年が制した。僕のイツキという名前は法律が変わってから縁起が悪い名前になったらしい。だから親戚や町の皆は僕のことをイッキと呼ぶようになった。おばあちゃんだけは二人きりの時だけこっそとイツキと呼んだ。僕はお坊さんに本当の名前を呼ばれて目頭が熱くなった。目頭が熱くなって、涙が溢れると、花一輪も飾られていない棺に嫌悪感を感じた。あの約束はどうなったのだろうか。僕はあの不思議な怪しい二人と約束したのだ。花を預かってて欲しいと。 「返せ……返せよ……。おばあちゃんの花だぞ……」 「餓鬼、今なんと言った?返せと?じゃあ返しに来るのか?守樹睡蓮は、お前の花を」 ニヤニヤと浮かれた声がひどく腹が立った。この場はおばあちゃんを偲ぶ場なのにこの人たちはそんなこと微塵も思っていない。おばあちゃんなんかどうでもいい。葬式なんかどうでもいいんだ。お坊さんがその様子を見て目を伏せて棺に火をつけた。その時だった。 「雪……?」 視界に白く小さいものがうつった。それもたくさん、視界を埋め尽くす程のものだ。でも雪にしては冷たくない。腕に落ちたその白いものをよく見るとそれは花びらだった。僕は空を見上げた。空から白い花びらがたくさん降ってくる。 「花、花だ……!おばあちゃんの花だ……!」 それはおばあちゃんの旅立ちを祝福しているようだった。幻想的で僕はこんな光景生きてきて一度たりとも見たことがなかった。目を輝かせて空を見ていると僕を縛っている縄がきつく引っ張られる。この場から離れさせようとしているのだと気付いたので、僕はおばあちゃんに向かって叫んだ。これが最後な気がしたから。 「おばあちゃん、大好きだよ!たくさんの花、きれいだね!」 「黙れ!」   僕は火葬場から無理やり町の広場へと連れてかれた。青年はひどく怒っていて僕の縄を引っ張ると小さな刀を取り出した。そしてその刃を僕の喉元につきつけた。 「出てこい!!睡蓮!!この餓鬼がどうなってもいいのか!!あんな真似して、ただですむと思うなよ!」 ひんやりとした刃が肌に食い込む。青年の息は切れ切れでとても激情している。僕は先ほどの光景がまだ夢を見せているようで刃を向けられていてもそれほどの恐怖心はなかった。 「すみません、すみません。ちょっとそこ、いいかな?どいてもらえる?失礼」 その時、広場にできた人だかりから昨日の二人組が人をかき分けて前に出てきた。僕は思わず声を出しそうになったが寸で止めた。 「知っていると思いますが私は守樹翠蘭と申します。貴方が求めている弟の睡蓮ではないが、お相手仕る」 翠蘭が一歩、外套を脱いで刃を携え前にでる。 「守樹……翠蘭?ふはは、馬鹿か?あの女は数年前に死んだはずだ。俺はあの女の死体も見たんだ!もしかして金がなくて新聞も読めないのか?あの時は国をあげて盛大に祝っただろう!!守樹の娘が死んだと!!」 翠蘭と名乗る女性は一歩後ろに下がって髪の長い男性にコソコソと話しかけている。だがその後、髪の長い男性に背中を押されまた前に出る。 「守樹翠蘭は蘇った!」 「頭のおかしな女だ。来い、叩き斬ってやる」 僕は地面に突き飛ばされた。その時見たのは、結果だった。負けた。それだけ。一瞬だった。カランカランと音を立てて青年の刀が地面に転がっている。青年は目をまんまるにしてぽかんと口を開けている。だがそれも一瞬で翠蘭と名乗った女性が一歩距離をつめて掌底を食らわせた。彼女はとても強かった。 「強いでしょ、彼女。守樹の一族だからね」 地面に転がっている僕の縄を髪の長い男性が解いてくれた。髪の長い男性は僕の手を引くと「翠蘭は後から追いつくから」と小走りに広場を離れた。 「ねぇ、何者なの?」 走りながら僕は髪の長い男性に質問した。 「坊や、君は四季の木って知っているかい?」 「知らないよ」 「私はね、その四季の木に宿る神様なんだ」 「そんなの嘘だ」 神様だと名乗った男性はがっくしと肩を落とした。それから、何も知らない僕のために彼は説明してくれた。花が違法になった理由を。この国のことを。  この国には四季の木と言う国を守る樹があった。その樹は国に様々な季節と恵をもたらしていた。その樹を守るのが守樹と呼ばれる一族だった。ところが数年前、響野ヨスガという男性が四季の木に火を放ち謀反を図った。当然守樹の一族はヨスガと戦ったが一族の長であった守樹紫苑が討たれてしまった。四季の木は枯れてしまったので国に四季が訪れることはなくなり、つめたい風が吹くようになってしまった。それから国の頂点に立ったヨスガは四季を思い出すこと、花を愛でることを禁じた。 「それでね、紫苑くんには双子の子供がいて、それが翠蘭と睡蓮って言うんだけど、あのね、えへへ、翠蘭が戦死しちゃって、これ神様としてはやっちゃいけないんだけど、国の一大事で、しょうがなかったから、生き返らせちゃった!」 僕は自称神様が言っていることがよくわからなかった。でも神様ならおばあちゃんの火葬の時の花吹雪も可能かもしれない。 「ねぇ、本当に神様なら、おばあちゃんも生きかえらせてよ」 「うーん……まぁ、いいけど」  自称神様は僕を路地裏に引っ張ると両手を合わせて念じ始めた。なんだ、こんな幸運があっていいのか。僕はもう一度おばあちゃんに会えることにとても喜んだ。葬式なんてしなくてよかったんだ。 「坊や、目を閉じて」 言われるがままに目をつむる。すると頭の中がぐにゃぐにゃしてきて立っていられなくなった。その場にしゃがみこんで目を開けると、自称神様の横におばあちゃんが立っていた。 「おばあちゃん!!」 「イツキ、おばあちゃんは全部見ていたよ」 鋭い目をしたおばあちゃんに僕はぴたりと動くのをやめる。 「可愛いお葬式をしてくれてありがとうね。ばあちゃん、嬉しいよ。でもね、イツキ、聞きなさい。イツキは外に出るべきだよ。この町の外に。せっかくいい出会いをしたんだ。こんな老ぼれに縛られず、未来を見てきなさい」 「おばあちゃん、何言ってるの?またこの町で一緒に暮らそうよ」 「イツキはこんな町で暮らすより、町の外に出て、国を見てきなさい。せっかく救われた命だろう?」 そう言っておばあちゃんは懐から白いあの花を取り出した。そしてその花に口付けをするとはらはらと体は花になり崩れ去った。 「……と、言うわけで。まぁこんなことになる予感はしていたんだけど。あのおばあさんには蘇生を断られちゃってね、ごめんね。イツキくん」 「おばあちゃん……」 自称神様は僕の両手を握った。僕は顔をあげる気にはなれなかった。 「イツキくん、この国を一緒に見に行かないかい?この国にはイツキくんのおばあさんのように花を愛する者がいる。そんな人たちを救いに行こう。これは、違法だと知っていても花を摘みに行ける勇気ある、そして花を愛するイツキくんがすべきことだよ」 「シキ様、急ぎこの町をでましょう」 後ろから走ってくる足音と翠蘭の声がした。翠蘭は自称神様に握られている僕の手を見ると少し考え込んだ。 「この少年を連れて行くのですか?」 「どうする?」 久しぶりに見た花だった。おばあちゃんはその花を見て笑っていた。そしてこの国はそんな行為が違法となり禁止されている。そんな国、おかしいと思った。僕はおばあちゃんに背中を押されるように自称神様の問いかけに力強く頷いた。
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