紫の押し花

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紫の押し花

「これも山茶花だね、うん、枯れてる」  自称神様は道端の枯れた葉っぱを拾い上げてそうつぶやいた。町を飛び出した僕はこのシキ様と呼ばれる自称神様と翠蘭という女性と山を歩いていた。 「山茶花はちょうど今が花開く時期なのに、残念ですね」 翠蘭が落ち葉を踏まないように器用に歩いた。 「ねぇ、二人はどこへ向かっているの?四季の木があるところ?」 僕がそう言うと自称神様は困ったように笑った。なにかおかしな質問をしてしまっただろうか。 「悲しきかな、今私たちが四季の木の元へ向かったとてヨスガに返り討ちにされるだけさ。今は翠蘭の双子の弟の睡蓮に合流するために歩いているんだ。睡蓮は兵を持っているからね」 「でもその睡蓮が隠れているのでこちらもどこへ向かっていいのか分からないのです」 「どうして隠れているの?」 僕も枯れ落ちた山茶花を踏みそうになったのでぴょんと飛び越えた。それを自称神様が見て微笑む。 「私が死んだのが悲しかったのでしょう。私が死んだ戦いでは弔い戦にせず逃げたと聞きました」 「あ、翠蘭、イツキ。町が見えてきたよ」 ちょうど山の開けたところにでたのだろう。そこから眼下に町が見えた。僕は生まれ育った町から出たことがなかったので少し新鮮で少し恐怖を覚えた。  町に着くと翠蘭はまた外套を頭まで被って姿を隠した。腰には刀をさしているので怪しさでいえば絶好調だ。 「これからどうするの?」 「簡単だよイツキ。花の匂いを辿るのさ。そこに守樹派の人間がいるはずだ」 自称神様は僕の鼻をツンツンと突いた。花の匂いをたどる。そんなことが可能ならばもしかしたらあの町で僕と出会ったのはあのおばあちゃんの花の匂いがしたからかもしれないと思った。 「どうですか?匂いはしますか?」 「うん、するね。微かだけど。こっちだ」  町は僕が住んでいた町よりは少し閑散としていた。大通りに人が少ない。真警察が追ってきていないか心配で後ろを振り返ったがその様子はなかった。自称神様はゆっくりとした足取りで前に進み角を右に曲がりと導かれるように静かに歩いていく。そしてすこし暗がりな露店で歩みを止めた。 「ここは……古書店ですか」 「本屋さん?」 「ここから微かだけど花の匂いがする。入ってみよう」 店の中に入るとすぐに何故だかわからないけれど目が痛くなった。独特な古い本の臭いが鼻につく。自称神様は店の中をきょろきょろと見渡している。すると奥からおじいさんが訝しげに出てきた。 「あんた達……何の用だね」 「この子が本が読みたいと言うのでちょっと寄らせていただきました」 そう言って自称神様は僕の背を押した。僕は突然のことに口をぱくぱくとさせたがそのおじいさんの眼差しに負けじと背すじをのばしてみせた。 「そこの、外套の人間は帯刀しているが。うちに物騒なものは持ち込まんでくれ」 「失礼しました、私は外で待たせてもらいます」 そう言って翠蘭はあっさり店の外へと出た。そして神様は鼻をくんくんとさせてあろうことか沢山積まれていた本の一番下の本をひっぱだそうとした。それを見た店主は慌ててそれを制する。 「な、なにをするんだ君」 「私はこの本が気になるんですよね」 「その本は子供にはむかん、別のにしなさい」 自称神様が僕に視線を送る。きっとあの本が花の匂いのする本なのだろう。 「僕もその本がいい!お父さん、絶対それがいい!」 「ぶっ。お、お父さん……、お父さん。ごほん。父はこの本が欲しい!」 「その本だけは駄目じゃ!」 すると翠蘭がその騒ぎを聞いていたのか店の中に顔を出す。 「父上、真警察が来ているようですよ」 その言葉に慌てたのは僕と店主だけだった。店主は慌ててその本を抱えると店の奥へと引っ込んでしまった。店の中には僕と自称神様と翠蘭が残された。 「真警察が来てるの?早く逃げなきゃ」 「嘘ですよ。少し脅さないとあの店主は本を隠し通そうとするような気がしましたから」 「翠蘭にまでお父さんって呼ばれちゃったよ……。私は神様なのに……」 肩を落としている自称神様を放って翠蘭はずかずかと店の奥へと進んでいく。それは失礼じゃないかなと思ったが僕も翠蘭に続いた。数秒後に自称神様も「待ってくれよぉ」と追ってきた。  店の奥の土間で店主は火の前に本を抱いてたちすくんでいた。後から来た僕らに気づいたのか、店主は汗をだくだくと流して顔が真っ青だった。 「店主、大丈夫ですよ。私の名前は守樹翠蘭。守樹派の人間です。真警察が来たというのは嘘です。その本について教えてくれませんか?」 守樹という言葉を聞いて店主はその場に崩れ落ちた。僕は店主に近づいて肩をさすってあげた。店主のおじいさんは僕の手を握ってから、大粒の涙を流した。 「あぁ、守樹の人間がここに、ここに……。助けてくれ、助けてくれないか。この本はわしには重すぎる」 おじいさんの手から落ちてしまった本を拾い上げると、重さは感じなかった。何が重いのだろうと疑問に思い本をぱらぱらと捲ると途中で綺麗に本が開いた。そこには紫の押し花の栞が挟んであった。 「押し花だ……」 「その本はな、つい先日女の子が売りに来たんじゃ。涙を沢山目にためて、何事かと聞いても、答えんでな。よっぽど大切な本なのだろうと思った。それで女の子が帰ってから本を開いたらこの、押し花があったのじゃ」 すぐにそれが丁寧に作られた押し花だとわかった。その女の子が作ったのだろうか。 「店主、その女の子の家を教えてくれないかい?」 「な、なんだ。まさか突き返すつもりか?」 「この押し花があると危険なのは変わりない。それなら一生心にだけ残るようにするから、今はこの花は私が預かろう」 そう言って自称神様は押し花を懐にしまった。僕には自称神様が何をするのか検討もつかなかった。  店主のおじいさんに教えてもらった女の子の家に行くと女の子が家の前をホウキで掃除していた。女の子は怪しい僕らに驚いて家の中に逃げようとする。 「ちょ、ちょっと待ってよ!君、あの古本屋さんに行ったよね?」 僕がそう言うと女の子はさらに怯えあがりホウキをぎゅっと握りしめ目を潤ませる。 「怖がらなくてもいいですよ、私たちはあなたに花を届けにきました」 翠蘭が頭にかぶっていた布を外すと女の子ににっこりと微笑みけた。女の子はまだ疑心暗鬼といった様子でもじもじとしている。 「ねぇ、君。手を出してごらん」 「手……?」 自称神様が小さく開かれた女の子の手のひらにあの押し花をのせる。女の子はその押し花を見て目をまんまるにさせたが自称神様のにこやかな笑顔に何度も花を見ては自称神様の顔をみたりしている。 「魔法をかけてあげよう。この花がいつでも見れるように。いつでも隠れるように」 自称神様が女の子の手のひらの上に置かれた押し花の上に手をかざすと一瞬暖かい風が吹いた。僕はその風に驚いて思わずあたりを見渡した。 「ほら手のひらをみてごらん」 「わぁ、あれ?お花くっついちゃった」 「手のひらを叩いてごらん」 女の子が自称神様の言う通り手のひらを叩く。 「あ、あれ?お花消えちゃった」 「もう一度叩いてごらん」 「わぁ!」 するともう一度女の子の手のひらにお花が浮かびあがった。女の子は紫の花が浮かび上がったり消えたりするのが楽しいのか何度も手を叩いていた。 「危ないと思ったらすぐに手を叩いて消すんだよ」 「お兄ちゃん、ありがとう。お兄ちゃんは何者なの?」 「私はこの国の神様だよ」 「神様はもういなくなっちゃったってお母さんが言っていたよ」 「いいや、まだまだいなくならないさ。ずっと君たちのそばにいるよ」 女の子は自称神様におもいきり抱きついた。神様も女の子を受け止める。 「神様、私、四季ってものを見てみたい」 「いいよ、まだ少し時間がかかるかもしれないけれど、必ず君に四季の素晴らしさを教えてあげよう」  女の子と別れてから神様は浮かれ気分だった。足取りは軽くとても楽しそうだった。 「神様ってすごいんだね」 「あれくらいのことならできるさ」 すると後ろから歩いていた翠蘭が突然僕の手を握って走り出した。急に前に引っ張られたので転びそうになる。 「な、なにするんだよ」 「後方に真警察の気配がします。今度は本当ですよ」 「なんだよ。いい気分だったのになぁ」 神様も一緒になって走りだした。結局この町では睡蓮の情報を得ることはできなかった。けど、あの女の子の笑顔が見れたから僕は満足だった。
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