踏み潰された造花(前)

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踏み潰された造花(前)

「シキ様、走りますか?」  後方から真警察の気配がすると言った翠蘭は腰の刀に手をかけながら神様の返答を待っていた。僕は後ろを見たけれど足音ひとつ聞こえやしなかった。 「いけるかい?」 「はい」 神様は僕の方を見てから何故か翠蘭を見た。なんのことだか分からなかったが次の瞬間すぐに理解する。なんと翠蘭が僕を勢いよく担ぎ上げたのだ。僕はまだ子供とは言え若い女性である翠蘭に担がれるなんて思いもしなかったからとても驚いて暴れた。 「な、なにするんだよ!」 「ここは足場が悪いので、確実に逃げ切るためにはこうしたほうが速いので」 なんともみっともないと思った。神様が「いくよ」と言うと神様と翠蘭は走り出した。落ち葉が沢山の足場は確かに走りにくそうだった。三十分くらい林を走ったところで僕達は開けたところに出た。途中で自分で走ると主張したものの翠蘭には無視された。僕は少しいじけながらおとなしく担がれていた。 「あぁ」 その時走っていた神様がふと声をもらして立ち止まった。 「花が踏み潰されている」 神様が見ているところを僕も見た。そこにはいろんな種類の花が足で踏まれたのかめちゃくちゃにされていた。だが僕は違和感を覚えた。 「ねぇこの花って本物なの?」 「いや、これは造花だよ。でもこれは花だ。この国では花はもう珍しいものになっているから、造花を作ったんだろうね」 「花が踏み潰されているということはこの場で捕まった人間がいるということでしょうか?」 「あぁ、そうだね」 僕は複雑な気持ちになった。造花でさえ許されない法律なのかと。この国は本当におかしいと思った。 「ねぇ、捕まった人をたすけられないの?」 今度は神様と翠蘭が複雑そうな顔をした。翠蘭の腕があれば真警察など容易いのではと思った。 「真警察はとにかく数がいる。僕達の中で戦えるのは翠蘭だけだ。言うなれば圧倒的に不利なんだよ。イツキの時は真警察が少数だったからなんとか助けられたけど、一度捕まってしまった人を助けるということは本拠地に乗り込むということだ。少しそれは難しいな」 「……行きましょう」 「え?」 翠蘭が口を開いた。 「助けに行きましょう」 「翠蘭、私は二度は君を救えない」 「でも私はこの国を変える為に再び蘇ったのですよね。だったら、目の前の花を愛する者を助けられずに四季を取り戻すことなどできません」 そう言って翠蘭は僕を担いだまま来た道を引き返すため走りだしてしまった。神様は追って来なかった。僕は翠蘭になんと声をかけたらいいのか分からずただ黙って担がれていた。僕も翠蘭と同じ気持ちだったからだ。翠蘭も僕も黙っていた。  少し戻って先ほどの道とは違う道に入り走り続ける。そこで翠蘭はいきなり歩みをとめた。 「すみません。イツキの意思も聞かずに連れてきてしまいました」 「大丈夫、でも僕、足手まといにならないかな?」 「その件でしたら大丈夫です。私がお守りいたします」 そうしてまた走りだした。すると翠蘭は木陰に身を隠した。僕にも聞こえたが、足音がして誰かがいる気配がする。 「今町の古書店のジジイを洗ってきたが何も出て来なかったよ」 「怪しいと思ってたんだけどなぁ」 真警察だった。黒づくめの人が二人歩いている。 「あの二人の後をつけましょう」 翠蘭は身を隠しながら二人の後をつける。だがその時だった。後ろから黒づくめの人が一人こちらに近づいてくるのが見えた。確実に見つかっている。僕は翠蘭に教えようとしたが、翠蘭は当然気づいていて僕を地面に下ろすと刀を抜き、次の瞬間にはその真警察の間合いに入っていた。 「峰打ちです」 意識を失った真警察をゆっくりと下すと翠蘭は顎に手を当てて考え込んだ。そして真警察の黒い着物を脱がしていく。 「なにやってるの?!」 「変装して本拠地に潜入しようかと思いまして」 私に作戦があります、と言って翠蘭が説明しだした。翠蘭は真警察のフリをして僕は違法の花を持っていた違法者。違法者の僕を連れて真警察の拠点に入りこもうという考えらしい。さっと黒い着物を見にまとうと僕をまた担ぎあげて先ほど追っていた真警察二人の後を追いかけた。  少し進むと木の門が見えた。二人門番がいる。翠蘭は深呼吸をしてからその門へと堂々と歩いて行った。 「なんだ。そのガキは」 門番は開口一番にそう言った。 「花を持っていたんだ。だから捕まえた。まったく最近は生意気なガキが増えていやだねぇ」 僕は翠蘭の口調があまりにも変わっていたので思わず驚いて翠蘭の方を見てしまった。だがすぐに作戦が崩れないように、生意気なガキを気取るためにその視線を睨みに変えた。 「離せよ!暴力女!」 「全く、面倒なの捕まえてきたなぁ、アンタ。さっさと教育係に引き渡しちまいな」 「はいよ」 門はあっけなく開いた。中に入ると真警察が数人うろうろ していた。翠蘭が小声で言った。 「ここは本当に小さな支部のようですね。この人数ならなんとかなるかもしれません」 僕は黙っていた。まだ油断はできないと思った。何故なら翠蘭もきっとこのあとどこへ向かえばいいかは分からないはずだから。教育係というのがなんなのかも僕は知らない。すると一人の真警察がこちらに驚いたようすで近づいてきた。僕はその顔に見覚えがあった。 「おい!そのガキ、あの遊善様が追ってるガキじゃねぇのか?!」 その男はおばあちゃんの葬式の日に家にいた真警察だったからだ。僕はだらだらと冷や汗を流した。 「あぁ、だから遊善様に一目お見せしようと思ってな。遊善様がどこにいるか知っているか?」 「遊善様なら今は部屋にいると思うぜ。お声がけしてやろうか?」 「あぁ、頼む。私はここで待つ。このガキに暴れられても面倒だからな」 そう言うと真警察の男は奥へと走っていってしまった。 「ねぇ、遊善って人知っているの?」 「遊善と言うのはおそらくこの支部を任されている指導者でしょう。その指導者が来てくれるなら好都合。倒すまでです。上を倒せば真警察は崩れる。真警察は上の強いものがいなくなればと一人で立てなくなりちりぢりになる……と弟がよく言っていました」 最後の方は少し懐かしみながら言っていた。確か翠蘭の弟の名前は睡蓮だったはずだ。一緒に戦っていたのだろうか。  少しその場で待っていると現れた遊善と言う男は、少しそんな気がしていたが、僕の部屋にいたあの高貴な雰囲気をまとった翠蘭に倒されたはずの男だった。 「おい、その化けの皮を被った女、名を名乗れ」 遊善はするどい眼差しで翠蘭を見た。翠蘭は顔の布をとると遊善を真っ直ぐと見た。 「我が名は守樹翠蘭」 「またそれを言うか。双子の娘の幽霊め。だが、いい。それを餌に弟を呼び寄せられる。一応聞くが。ガキを連れて何をしに来た?ここはお前にとって敵地ではないのか?」 「ここには救わねばならぬ者がいる」 遊善はくすくすと笑うと手を叩いた。すると隠れていたのか僕らを囲むように真警察が何人も現れた。くすくすと笑っていた遊善は今度は大声で笑った。 「双子の女の幽霊め。お前はまた同じ目にあいにきたのか?足手まといを連れて、俺らに囲まれて、足手まといを庇ってお前は死んで、足手まといも殺されて!!」  翠蘭の顔が歪んだ。その時だった。僕の名前を呼ぶ声が頭の中に響いた。聞いたことのない声だった。 『言ってやれ、イツキ君。僕は足手まといなんかじゃない、僕には勇気がある、と』 僕は慌てて周りを見渡したがそんなことを僕に言ってくれるような人物は到底いそうになかった。こんなことをできるのは神様かなと思ったが、どうも神様の声ではない。 『翠蘭は今放心している。起こしてやれ。思い切り名前を呼んでやれ。そして啖呵をきれ。言葉は切り開く原動力になる』 僕はその声を不思議に思いながらも翠蘭の方を見た。確かに翠蘭は今呼吸が途切れ途切れになっている。僕は翠蘭の背中を思い切り叩いた。 「翠蘭!二度目はないんでしょ!?助けるんでしょ!?だったら、力を入れようよ!僕がいる!僕は死なないから!」 僕の言葉を聞いて、翠蘭は刀へと手を伸ばした。そして目つきがするどく変わった。
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