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冬至が近くなった。
年末の大掃除前に、柚子は収穫しなければいけない。霜けてしまうからだ。そして、親戚にお歳暮で配ったり、友達にあげたりして、片付けなければいけない。
未柚(みゆ)の家では、自家製の柚子の蜂蜜漬けを作ったり、柚子搾り器で搾った柚子を、ドレッシングにしたり、柚子の種は、化粧水にしたりと、この時季は、柚子様様で、忙しい。
無農薬の柚子。特に売り物ではないから、趣味の贅沢な園芸のようなものだ。それでも、林檎のような大きな柚子が実った時は、嬉しい。完熟の柚子。
未柚は、この時季になると、決まって、夢のように思い出す光景がある。竹の篭一杯に柚子をいれて背中にしょって運んだあと、それを、どかどかと、物置小屋にあけて、並べた様は、見ものである。夕暮れの寒空に、蛍光灯の灯りを浴びた柚子は、光った黄色の玉だ。いや、毬だ。足の踏み場もないほど。
それを、昔、未柚が小さい頃、確か10歳前後の頃、拾って遊んでいたおばさんがいた。未柚が、不審に思わなかったのは、まだ、柚子運びを手伝えないほど、未柚が幼かったことと、そのおばさんが、死んだ未柚の祖母に、そっくりだったからだ。
「やあ。未柚ちゃん、お帰りなさい。」
「ただいま。おばさん、誰?」
「あたしは、あんたのおばあさんの妹だよ。あたしは、柚美(ゆみ)というの。よく似てるでしょう。」
未柚は、祖母に、妹がいたことなど、聞いたこともなかった。
「ふうん。そうなんだ。」
そして、「こんなに、たくさんの柚子、どうするの?」と、おばさんに聞いた。
「どうしようね。大根に巻いて、お正月の柚子巻きにしようかねえ。」
でも、翌日、小屋に行くと、あんなにたくさんあった柚子は、ひとつもなかった。
「あれ。柚子は?」
「もう、近所に、配ってしまったよ。」おばさんは、言った。
未柚は、子供心に、まるで手品みたいだと、思った。あんなにたくさんの柚子を、いっぺんに隠すことができるのなら、小さな女の子のひとりくらい、かくなすことなんて、簡単なようにも思えた。
「未柚はね、柚子の木の股に、落ちてたのよ。」
昔、未柚の母親は、よく冗談っぽく言っていた。
「それを、お母さんが拾ってきたの。柚子じゃなくて、人間の赤ちゃんだったから、お父さんと相談して、〈未柚〉と名付けたのよ。」
柚子は、春先に、白い花が咲く。その花が咲くと、畑中、とてもいい香りがする。未柚も、その花が香る頃の、五月生まれだった。まるで、柚子の花の、白い産衣に包まれて生まれてきたような……。
次の年から、未柚は、そのおばさんの姿を見ることはなくなった。そのおばさんが、未柚が生まれる1年前に死んだ、祖母の腹違いの妹だったことを知ったのは、もっとずっとあとになってからだった。
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