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「兄さん」
ドアを開けようとし、緊張が走る。
驚かせないように声をかけ、ノックしてからドアを開けた。
「優人?」
会うのはいつぶりだろう。
もう子供ではないのに、思わず駆け寄って抱き着いてしまった。
あの時、兄はまだ大学生で自分は中学生だったかもしれない。五つ違いの兄はいつでも優しくて、時々厳しかった。
それでも大好きだったのだ。
今でも変わらず。
「兄さんっ」
自分よりも背が高くなったであろう弟の優人の背中に手を回し、抱きしめ返してくれる。久々のその温もりが嬉しかった。
小さい頃は、いつだってくっついて歩いていたのだ。
「どうして来たんだよ」
困ったような兄の声。
目に入った首の赤い痕。
「あの人に呼ばれたから。迷惑だった?」
「いや……」
身体を話すと兄は頬を染めていた。
それが何故なのか、自分にはもう分かっている。
しかしまだ、確証は得られない。勘違いであっては、恥かしいだけだ。
「兄さん、帰ろう。あの人が兄さんを連れて帰って良いと言っている」
優人の言葉に驚愕の瞳を向ける兄、和宏。
その姿に優人は嫉妬心を感じていた。
──兄さんは、ここであの人に抱かれるつもりだった。
その覚悟をしてここに来たのだ。
肩透かしを食らった気分なのだろう。
「兄さん」
自分だって十分覚悟はしたはず。
それで兄を取り戻せるなら。
自分の全てを捧げると誓ったのだ。
あの人が阿貴の愛人と言うのなら、自分はもう何も躊躇う必要はない。
ただ、気がかりなことはある。
もし、軽蔑されてしまぅたら?
──その時はその時だ。
優人は覚悟を決め、その耳元に唇を寄せる。
「え?」
優人の囁きに和宏が色づいていく。
自分は間違っていないと感じた。
「何を言って……だってお前は……」
とんッと軽く肩を指先で押せば、彼は押し倒されて簡単にベッドに沈んだ。
そんな彼を優人は組み敷き、その両手首を捉える。
──どうしよう。
思った以上にドキドキする。
「兄さんは、俺のことが好きなんだよね?」
じっと彼を見下ろせば、目を泳がせていた。
きっとバレていないとでも思っていたのだろう。
「兄さんに俺をあげるから。だから俺に兄さんを頂戴よ」
「優人……俺たちは実の兄弟なんだぞ?」
「そうやって自分に言い聞かせて、俺たちを置いていったの?」
泣かないと決めたのに、勝手に涙が落ちて和宏を濡らした。
悔しくて、腕で涙を拭う。その手から解放された和宏の手が、優人の頬に伸びてゆく。
「こんなのダメだってわかっているのに……」
そう言って和宏の指先が優人の目じりに触れた。
その体温は、熱に浮かされたように高い。
「母さんには言ったんだ。俺は親不孝者だって」
和宏の瞳から涙が転げ落ちる。
「ごめん、俺……優人のことが好きなんだって」
「母さんはなんて?」
「だったら、なおのことここに残りなさいって。母さんは俺の気持ちを否定しなかった」
兄の苦しみ。
自分は何も分かっていなかったと思った。
「俺は『優人は実の弟だし、異性愛者。どうにもならないことが分かっているから辛いんだよ』って。だから阿貴と家を出るって。母さんの反対を押し切って、家を出たんだ」
「どうして言ってくれなかったの?」
「言えないよ。言えるわけないだろう?」
”お前に嫌われるのが怖かった”そういう兄の手首をつかみ、その手の甲に口づける。
「俺は嫌われるくらいなら、この気持ちをなかったことにしようと思った」
和宏は自分の手の甲に口づける優人をじっと見つめながら。
「阿貴は、代わりになったの?」
優人は手の甲に唇を寄せたまま彼に問う。
「お前の代わりなんて何処にもいない」
「でも、抱かれたんでしょ?」
その言葉に彼は言葉を失った。
「俺のことが好きなくせに、他の奴に」
「なに言って……」
和宏が驚いたのは、事実を暴かれたからでない。
優人に独占欲を向けられたからである。
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