2──弟の想いと思想【実弟】

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「兄さん」  ドアを開けようとし、緊張が走る。  驚かせないように声をかけ、ノックしてからドアを開けた。 「優人?」  会うのはいつぶりだろう。  もう子供ではないのに、思わず駆け寄って抱き着いてしまった。  あの時、兄はまだ大学生で自分は中学生だったかもしれない。五つ違いの兄はいつでも優しくて、時々厳しかった。  それでも大好きだったのだ。  今でも変わらず。 「兄さんっ」  自分よりも背が高くなったであろう弟の優人の背中に手を回し、抱きしめ返してくれる。久々のその温もりが嬉しかった。  小さい頃は、いつだってくっついて歩いていたのだ。 「どうして来たんだよ」  困ったような兄の声。  目に入った首の赤い(あと)。 「あの人に呼ばれたから。迷惑だった?」 「いや……」  身体を話すと兄は頬を染めていた。  それが何故なのか、自分にはもう分かっている。  しかしまだ、確証は得られない。勘違いであっては、恥かしいだけだ。 「兄さん、帰ろう。あの人が兄さんを連れて帰って良いと言っている」  優人の言葉に驚愕の瞳を向ける兄、和宏。  その姿に優人は嫉妬心を感じていた。 ──兄さんは、ここであの人に抱かれるつもりだった。  その覚悟をしてここに来たのだ。  肩透かしを食らった気分なのだろう。 「兄さん」  自分だって十分覚悟はしたはず。  それで兄を取り戻せるなら。  自分の全てを捧げると誓ったのだ。  あの人が阿貴の愛人と言うのなら、自分はもう何も躊躇う必要はない。  ただ、気がかりなことはある。  もし、軽蔑されてしまぅたら? ──その時はその時だ。  優人は覚悟を決め、その耳元に唇を寄せる。 「え?」  優人の囁きに和宏が色づいていく。  自分は間違っていないと感じた。 「何を言って……だってお前は……」  とんッと軽く肩を指先で押せば、彼は押し倒されて簡単にベッドに沈んだ。  そんな彼を優人は組み敷き、その両手首を捉える。 ──どうしよう。  思った以上にドキドキする。 「兄さんは、俺のことが好きなんだよね?」  じっと彼を見下ろせば、目を泳がせていた。  きっとバレていないとでも思っていたのだろう。 「兄さんに俺をあげるから。だから俺に兄さんを頂戴よ」 「優人……俺たちは実の兄弟なんだぞ?」 「そうやって自分に言い聞かせて、俺たちを置いていったの?」  泣かないと決めたのに、勝手に涙が落ちて和宏を濡らした。  悔しくて、腕で涙を拭う。その手から解放された和宏の手が、優人の頬に伸びてゆく。 「こんなのダメだってわかっているのに……」  そう言って和宏の指先が優人の目じりに触れた。  その体温は、熱に浮かされたように高い。 「母さんには言ったんだ。俺は親不孝者だって」  和宏の瞳から涙が転げ落ちる。 「ごめん、俺……優人のことが好きなんだって」 「母さんはなんて?」 「だったら、なおのことここに残りなさいって。母さんは俺の気持ちを否定しなかった」  兄の苦しみ。  自分は何も分かっていなかったと思った。 「俺は『優人は実の弟だし、異性愛者。どうにもならないことが分かっているから辛いんだよ』って。だから阿貴と家を出るって。母さんの反対を押し切って、家を出たんだ」 「どうして言ってくれなかったの?」 「言えないよ。言えるわけないだろう?」  ”お前に嫌われるのが怖かった”そういう兄の手首をつかみ、その手の甲に口づける。 「俺は嫌われるくらいなら、この気持ちをなかったことにしようと思った」  和宏は自分の手の甲に口づける優人をじっと見つめながら。 「阿貴は、代わりになったの?」  優人は手の甲に唇を寄せたまま彼に問う。 「お前の代わりなんて何処にもいない」 「でも、抱かれたんでしょ?」  その言葉に彼は言葉を失った。 「俺のことが好きなくせに、他の奴に」 「なに言って……」  和宏が驚いたのは、事実を暴かれたからでない。  優人に独占欲を向けられたからである。
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