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23──光差す夜更け【兄】
”ああ、またそんな顔をさせてしまうのか”
以前の自分なら、落胆していたに違いない。
優人が行為そのものに葛藤しているのだろうと思っていたから。
その葛藤の理由が自分との関係性にあるのだと思っていたから。
そうではなく、本能と戦っているのだと気づいたのはいつだったか。一見、自由奔放で我が道を行くように思える彼は、いつでも友人の平田の言葉に影響を受けている。
どんなに自分が優人を肯定し続けようが、時にダメ出しをする平田の言葉はきっと無視できないに違いない。彼にとって姉である佳奈の言葉には聞く耳を持たないのに。
それを『信頼しているから』の一言で片付けることはできないだろう。
何も彼は和宏や佳奈よりも平田を信頼しているとは言い切れないのだから。
──優人は心の何処かで、俺は常に肯定し続ける人間であることをわかっている。だからと言って、ダメなものをダメと言って欲しいと言うわけでもない。
彼には肯定し続ける人間は必要なのだ。不安に駆られるからというわけでもないだろう。それが愛のカタチだから。
佳奈に従わないのは仮に間違っていても『自分でありたい』からなのだと思う。それに人というのはどんなに指摘されようが自ら強く改善したいと思わない限り、欠点を直すことはできない。
──何より、佳奈の優人への指摘は嫉妬が混ざっているからなあ。
それに対して平田は『倫理道徳観』に対しての良し悪しであって、優人の個性は個性として認めている。つまり一応指摘はするが、直そうが直すまいが『優人は優人であればいい』という姿勢を崩すことは無い。
呆れながらも友人として傍にいてくれる平田は優人にとってとても大切な存在なのだろうと思う。
──とは言え、性欲に含まれる本能に対して嫌悪感を抱く優人を救うことなんて俺にできるのか?
諦めたくはないが、自分には荷が重い。
認めたくはないが、荷が重すぎる。
誰かの人生に関わることには責任が伴う。だから悪戯に首を突っ込むことは許されない。それが例え最愛の恋人であっても。
「また余計なこと考えてる?」
「余計なことではない……とは、思う」
「集中できないの」
じっとこちらを見つめる瞳。しまったと思ったがもう遅い。
「そんなに余裕なら、和宏に動いて貰おうかな」
「あ……まあっ……んんッ」
グイっと身体を起こされて、対面騎乗位。
待ってくれるはずなんてないのに。
「これで嫌でも集中できるしょ」
「や……じゃない」
集中していなかったのは事実。罪悪感から思わず『嫌ではない』と言ってしまったものの騎乗位は苦手だ。自分で上手に動ける自信がない。
「そんな顔しないでよ。イジメてるみたいじゃない」
涙目でじっと見つめていると、優人が言って眉を寄せる。
「俺は……」
「うん?」
「優人の気持ちを楽にしてあげたい」
できなくてただ諦めることもできるが、気持ちを伝えることは大切だと思う。自分に今できる精一杯がそれだけというのは情けない話ではあるけれど。
「楽?」
「そう、楽に」
コクリと頷いてその首に自分の腕を巻き付けると、肩に顔を埋める。彼の腕が背中に回り、幸せを感じた。
「俺はね、優人に抱かれるのは嬉しいよ」
「う、うん」
急に何を言うんだと困惑気味の声。
「でも優人は葛藤してるよね」
彼の中では”理性は美徳”である。それはこうなった今も変わらない。だが性的に交わると言うのは本能に従うということでもある。
愛だなんだと自分を誤魔化して理性を手放すことはできるだろう。少なくとも和宏にはそれが可能だった。
優人にはそれが出来ないから葛藤し、自分自身と戦っている。きっとこの先もそれは変わらないのだろう。
「理性を失うのは怖い?」
「そういうわけで……はないと思う」
和宏の問いに考えながら言葉にする彼。話すことは自分の考えをまとめることだ。その中で答えに辿り着くこともある。
和宏は願った。ほんの少しでも彼の気持ちが楽になることを。
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