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プロローグ
何を失っても、仕事へのプライドは失えないと思った。
そう、あの日までは───。
「汚ねえぞ!」
どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか。ただ、誠心誠意やって来たつもりなのに。
「阿貴から手を放せ!」
三年前、義理の弟である阿貴は今よりずっと幼なく見えた。たった一つしか違わないのに。だから守ってやらなければいけないと思っていたのだ。
「兄さん!」
二人の男に抑えられ、阿貴は縋るようにこちらを見ている。
和宏は、こうなった原因の相手を睨みつけた。
「そんな顔をしたって無駄だ」
相手にそう言われても、睨むこと以外出来ない。
「金なら、好きなだけ積んでやるぞ」
───俺は、あの日。自分が一番大切にしてきたものを失った。
代わりに弟を守ることは出来たが、そのまま仕事を辞めた。
最後の仕事が力でねじ伏せられたものだったことが、悔しくて堪らない。
「兄さん」
本になったものを見て、涙を溢す和宏を阿貴はそっと抱きしめる。
「兄さん、ごめんね」
「お前のせいじゃない」
彼に責任を感じて欲しくなかった。
「お前のせいじゃないよ」
手元に残ったのは、巨額の金と阿貴。
大切にしていたものは、もうこの手にはない。
「阿貴、傍に居てくれる?」
───こんな俺でも。阿貴が尊敬していた、兄でなくても。
「うん、もちろんだよ」
「一緒に暮らそうか」
呟くように和宏が言うと彼は一瞬驚いた顔をして、
「それは、僕の気持ちを受け止めてくれるって意味で良いの?」
と問われる。
先日、自分は彼に好きだと言われた。直ぐに返事が出来なかったのは、兄弟だからだ。そして、弱いところを見せたくなかった為でもある。
「うん……」
プライドを失った自分に、もう失うものなんてない。
「ホントに? 後からダメって言っても、撤回できないよ」
「いいよ。言わないし。でも、一つだけ条件がある」
それが奇妙な生活の始まりだったのだ。
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