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1──揺れる気持ちの真実【兄】
和宏は自室で一人、だらりとリクライニングチェアに身を沈めていた。
くすんだ緑色、硬すぎず柔らかすぎない丁度良い硬さ。
楽だなと思いながら足元のテーブルに視線を落とす。そこには札束が山になって置かれていた。今日は銀行員がやってくる。
「兄さん」
広い広いマンション。まるで自分は籠の鳥。
あの日、多額の金を手に入れ義弟と二人で新しいマンションを購入した。あれから三年経つが、ずっとこんな暮らしだ。
当時大学生だった二人も、今は社会人。
いや、自分は社会人とは言えないかもしれない。
「阿貴か……」
「また、だらだらして」
阿貴の指先が自分の髪に触れる。
あの日二人の関係は、義兄弟から恋人へと変わった。タチだったはずの自分は彼に良いようにされ快楽を植え付けられる。
自分のことは彼にやると決めた。何もかも失った自分を愛してくれると言うのなら。
しかし、この心の穴は埋まることがない。それどころか日に日に大きくなっていく、虚無感。
『あんなやつ、早いとこ忘れなさいよ』
和宏が書評の仕事をしていた時担当だった相手は、いわゆるオネエといタイプの人だった。力でねじ伏せられ仕事辞めた和宏の元へ、彼……彼女は毎日のように訪ねてきた。
オカマは彼なのだろうか?
それとも彼女なのだろうか?
『和くん、本当はあの人のことが好きなんじゃないの?』
『は?』
何を言うのだこの人は、と思った。
弟を人質にとり、力でねじ伏せたヤツを好きなわけがないと。
『和くんは、プライド高いだけのド変態だから』
『なッ……』
『ホントは、そんな自分を虐げられたいと思ってるんでしょ? そりゃそうよね、褒められたり感謝されたりで、ちやほやされてきたんだから』
和宏は傍の音楽プレイヤーに手を伸ばす。
『そうやって、すぐ音楽に逃げる』
と、痛いとこをつつかれ和宏は、
『うっさい』
と投げやりに返事をする。
確かに、高い金を積み無理矢理自分に書評を書かせた男に関しては、怒り以外の感情も持っていた。
あれ以来、あの男が金だけ送り付けて来るだけで、ここに顔を出さないのが自分は気に入らないのだろうか?
──── I don't understand you.
膝を抱え、顎を乗せる。
何を求めているのだろうか、自分は。
『いいじゃない。金だけくれるんだから、好きなことしなさいよ。それとも何? 飼われているようで嫌なの?』
と、彼女。
『……』
それなら、もう金を寄こすなと言えばいいだけだ。
連絡先くらい知っている。
自分は、関係を断つことが嫌なのだろうか?
『和くんは、さ』
と彼女は、和洋が腰かけているリクライニングチェアの肘置きに、腰を下ろすと軽く身を捩りこちらを見降ろす。
『何だよ』
『あの男が和くん自体には無関心なのが、気に入らないのよ』
その言葉は的を得ており、否定することが出来ない。
それゆえに和宏は、ただ眉を寄せただけであった。
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