1──揺れる気持ちの真実【兄】

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 指定された時間に、目的地に到着する。  見上げたガラス張りのビル。  彼が大きな会社の社長であることは、一目瞭然であった。  受付けで名乗ると、暫くして社長秘書とやらに専用エレベーターで上階の社長室まで案内される。 「やあ」  社長は書類から視線を上げ和宏のほうを見ると、微笑んだ。  和宏はその様子に戸惑う。あの日の彼とは、別人のように感じたからだ。 「社長はお忙しい身です。あまりお手を煩わせ……」 「やめなさい。彼は大事な客人だ」  秘書の言葉をぴしゃりと止める、彼。 「ランチはここで。二人分用意してくれるね」  柔らかい物腰で彼が指示をだすと秘書は、 「承りました」 といって下がった。 「雛本くん」  二人きりになると、彼はデスクから離れゆっくりと和宏の前まで歩いてくる。和宏はどうしていいか分からずに、立ち尽くしていた。 「逢いに来てくれてありがとう」  じっと見つめられ、鼓動が速くなる。 「どうしたんだい?」 「俺は、あんたのこと憎んで……」  泣きたい気持ちになりながら絞り出すように告げれば、彼は悲しそうな顔をした。 「でも、僕は君のことが好きだよ」  儚げな微笑みと、呟くように落とされた言葉。 ────好き? 何を言っているんだ、一体。だって、あんたは……。 「ずっと、好きだったよ。逢ったことはなかったけれど」  そうだ、あの日が初対面だったはずだ。 「話、しに来たんだろう? とりあえず、座ったらどうだい?」  彼に促され、応接のソファーに腰かける。  彼は何故か傍らに立ち和宏を見下ろしていた。 「言葉には、魂が宿るって話、聞いたことあるかい?」  言葉とは昔、言霊と言われていたという程度の知識ならある。 「うん、そう。僕は、君の書評が好きだった」  言葉の向こうの君に恋をしていたと彼は言う。 「君に会ってみたくて、探したんだよ」  書評に顔写真などは載せてはいなかったはずだ。  彼は出版社に頼み面会を求めた。しかし、当然のことながら断られてしまう。仕方なく仕事を頼んだが、すぐに断りの連絡が入る。 「せめて会って話がしたいと思った。しかし、君の素性を知って事情を理解した」  自分が恋い焦がれた相手が、十以上も年が離れていること。  ならばせめて思い出にと、書評を一本無理矢理書かせたのだという。 「滑稽だな。君の紡ぐ言葉が好きだったのに……」  悲し気に和宏を見つめていた彼が、少し首を傾ける。 「仕事を辞めさせてしまうことになるなんて」  和宏はただじっと彼を見上げていた。  整った顔、スラリと背が高くがっちりとした体形。きっと筋肉質で、男らしい体つきをしているに違いない。  自分とは、正反対の男。 「君が、好きだよ」  優しい言葉を紡ぎ、彼は和宏の髪に触れたのだった。
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