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指定された時間に、目的地に到着する。
見上げたガラス張りのビル。
彼が大きな会社の社長であることは、一目瞭然であった。
受付けで名乗ると、暫くして社長秘書とやらに専用エレベーターで上階の社長室まで案内される。
「やあ」
社長は書類から視線を上げ和宏のほうを見ると、微笑んだ。
和宏はその様子に戸惑う。あの日の彼とは、別人のように感じたからだ。
「社長はお忙しい身です。あまりお手を煩わせ……」
「やめなさい。彼は大事な客人だ」
秘書の言葉をぴしゃりと止める、彼。
「ランチはここで。二人分用意してくれるね」
柔らかい物腰で彼が指示をだすと秘書は、
「承りました」
といって下がった。
「雛本くん」
二人きりになると、彼はデスクから離れゆっくりと和宏の前まで歩いてくる。和宏はどうしていいか分からずに、立ち尽くしていた。
「逢いに来てくれてありがとう」
じっと見つめられ、鼓動が速くなる。
「どうしたんだい?」
「俺は、あんたのこと憎んで……」
泣きたい気持ちになりながら絞り出すように告げれば、彼は悲しそうな顔をした。
「でも、僕は君のことが好きだよ」
儚げな微笑みと、呟くように落とされた言葉。
────好き? 何を言っているんだ、一体。だって、あんたは……。
「ずっと、好きだったよ。逢ったことはなかったけれど」
そうだ、あの日が初対面だったはずだ。
「話、しに来たんだろう? とりあえず、座ったらどうだい?」
彼に促され、応接のソファーに腰かける。
彼は何故か傍らに立ち和宏を見下ろしていた。
「言葉には、魂が宿るって話、聞いたことあるかい?」
言葉とは昔、言霊と言われていたという程度の知識ならある。
「うん、そう。僕は、君の書評が好きだった」
言葉の向こうの君に恋をしていたと彼は言う。
「君に会ってみたくて、探したんだよ」
書評に顔写真などは載せてはいなかったはずだ。
彼は出版社に頼み面会を求めた。しかし、当然のことながら断られてしまう。仕方なく仕事を頼んだが、すぐに断りの連絡が入る。
「せめて会って話がしたいと思った。しかし、君の素性を知って事情を理解した」
自分が恋い焦がれた相手が、十以上も年が離れていること。
ならばせめて思い出にと、書評を一本無理矢理書かせたのだという。
「滑稽だな。君の紡ぐ言葉が好きだったのに……」
悲し気に和宏を見つめていた彼が、少し首を傾ける。
「仕事を辞めさせてしまうことになるなんて」
和宏はただじっと彼を見上げていた。
整った顔、スラリと背が高くがっちりとした体形。きっと筋肉質で、男らしい体つきをしているに違いない。
自分とは、正反対の男。
「君が、好きだよ」
優しい言葉を紡ぎ、彼は和宏の髪に触れたのだった。
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