1──揺れる気持ちの真実【兄】

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 彼が優しく髪に触れる。  和宏はその様子をただじっと見ていた。  自分は、彼が好きなのだろうか。  自分の仕事にしか興味を示さず、逢いにすら来なかったこの男が。  和宏はゆっくりと瞬きをした。何もせずに、指先で髪を弄ぶ。自分たちは子供じゃない。その場限りの関係だって可能なはずだ。次はいつ会えるか、分からないのだから。  本当に彼は自分のことを好きなのだろうかと、疑い掛けた時だった。 「何を入れているんだい?」  彼の視線が和宏のワイシャツの胸ポケットに向けられる。そこに入っているのは、弟の阿貴が和宏に持たせたものだ。  彼の指先が、和宏の胸ポケットに伸びる。 「こんなものを……いつも入れているの?」  和宏は彼の指先でつままれた、薄っぺらく四角いものを見つめた。 「財布に入れて置くと、お金が溜まるって言うよね」 「本当に?」 と、彼。 「阿貴が言ってた」 「そう。これは、彼が?」 と聞かれ、和宏は頷く。 「君は、意味を分かっているの?」  それは、恐らく……。 「君の弟からの”一度抱かせてやるから、諦めろ”というメッセージだよ」  彼はじっとそれを見つめていたが、やがてテーブルの上に置くと和宏を見つめた。 「そこに入れたまま来たと言うことは、どうなってもいい覚悟はしてきたという事だよね?」  彼に確認され、確かに準備はしてきたことを思い出す。  だが、自分がネコ役だとは決まってない。 「まあ……」  和宏は、あいまいな言葉を返す。 「僕はこれっきりにするつもりはないよ。せっかく君の方から、来てくれたのだから」  しかし自分は、彼のことを何も知らなかった。  社長室に相応しい、大きな窓。見下ろすのが怖いほどだ。  自分はどうしたいのだろうか? 「和宏」  名前を呼ばれ、ドキリとする。  自分には恋人がいるはずなのに。彼の指が和宏のネクタイにかかる。  止めなければ、合意と見なされるであろうが、止めることができない。  それどころか、期待してしまっていた。  欲求不満なわけではないのに、身体が求めている。それは、相手の目にも明らかであった。 「奥に部屋がある。おいで」  腕を引かれ社長室の奥へと連れて行かれる。そこにはシンプルなシングルベッドがひとつ。今から自分は彼のものになるのだろうか。座るように言われ、ベッドの端に腰かけると優しく抱きしめられた。 「酷いことはしないよ」  和宏は彼を見上げる。彼に聞いてみたいことがあった。 「俺が会いに来なかったら、どうするつもりだった?」 「どうしていただろうね」  和宏は彼の腹に頬をつけ、そっと目を閉じる。  きっと自分が会いに来なければ、そのまま終わっていたのだろうと思うのだった。
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