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彼が優しく髪に触れる。
和宏はその様子をただじっと見ていた。
自分は、彼が好きなのだろうか。
自分の仕事にしか興味を示さず、逢いにすら来なかったこの男が。
和宏はゆっくりと瞬きをした。何もせずに、指先で髪を弄ぶ。自分たちは子供じゃない。その場限りの関係だって可能なはずだ。次はいつ会えるか、分からないのだから。
本当に彼は自分のことを好きなのだろうかと、疑い掛けた時だった。
「何を入れているんだい?」
彼の視線が和宏のワイシャツの胸ポケットに向けられる。そこに入っているのは、弟の阿貴が和宏に持たせたものだ。
彼の指先が、和宏の胸ポケットに伸びる。
「こんなものを……いつも入れているの?」
和宏は彼の指先でつままれた、薄っぺらく四角いものを見つめた。
「財布に入れて置くと、お金が溜まるって言うよね」
「本当に?」
と、彼。
「阿貴が言ってた」
「そう。これは、彼が?」
と聞かれ、和宏は頷く。
「君は、意味を分かっているの?」
それは、恐らく……。
「君の弟からの”一度抱かせてやるから、諦めろ”というメッセージだよ」
彼はじっとそれを見つめていたが、やがてテーブルの上に置くと和宏を見つめた。
「そこに入れたまま来たと言うことは、どうなってもいい覚悟はしてきたという事だよね?」
彼に確認され、確かに準備はしてきたことを思い出す。
だが、自分がネコ役だとは決まってない。
「まあ……」
和宏は、あいまいな言葉を返す。
「僕はこれっきりにするつもりはないよ。せっかく君の方から、来てくれたのだから」
しかし自分は、彼のことを何も知らなかった。
社長室に相応しい、大きな窓。見下ろすのが怖いほどだ。
自分はどうしたいのだろうか?
「和宏」
名前を呼ばれ、ドキリとする。
自分には恋人がいるはずなのに。彼の指が和宏のネクタイにかかる。
止めなければ、合意と見なされるであろうが、止めることができない。
それどころか、期待してしまっていた。
欲求不満なわけではないのに、身体が求めている。それは、相手の目にも明らかであった。
「奥に部屋がある。おいで」
腕を引かれ社長室の奥へと連れて行かれる。そこにはシンプルなシングルベッドがひとつ。今から自分は彼のものになるのだろうか。座るように言われ、ベッドの端に腰かけると優しく抱きしめられた。
「酷いことはしないよ」
和宏は彼を見上げる。彼に聞いてみたいことがあった。
「俺が会いに来なかったら、どうするつもりだった?」
「どうしていただろうね」
和宏は彼の腹に頬をつけ、そっと目を閉じる。
きっと自分が会いに来なければ、そのまま終わっていたのだろうと思うのだった。
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