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そうだ、好きだろうが嫌いだろうが関係ない。
この身を任せてしまえばいい。
何度も阿貴に刻まれ、身体が覚えた快楽から逃れることなんて出来ないのだから。スイッチが入ってしまえばきっと、感情なんて泡のように消えてしまう。
そう思った時だった。
社長室のチャイムが鳴る。ドアチャイムかと思えば、そうではなかった。
「おや……来客のようだね」
和宏は身体を強張らせる。まさか、複数の相手をさせられるのではないかと思ったからだ。
今更ながらに恐怖を感じベッドから降りようとしたところで、彼がベッド脇に備え付けられていたモニターに手を伸ばす。
映し出された映像に、和宏は驚愕した。
そこに居たのは、まだ若い男女。
一人はベージュのチノパンにワインレッドのパーカーを羽織っている。
もう一人は肩までの灰茶のストレートな髪に、白い清楚なワンピースを纏っていた。場所は玄関口のようだ。
彼らは中から人が出てくるのを待ち、社内へ足を踏み入れた。
そこで画面からフェイドアウトする。
──何故、ここに居るんだ?
それは二歳下の実の妹の佳奈と五歳下の弟である優人だった。
この男が和宏のプライドをへし折った日。
自分が守ろうと決めたもの。
雛本家は元々良家であり、母はその本家の出であった。
現在の義理の弟にあたる雛本阿貴は本家の長男の息子であり、五人兄弟の末っ子である。
それが何故、和宏の義理の弟になるのか?
そこには少し複雑な事情があった。
結論から言えば、阿貴は愛人の子。
本家で酷い仕打ちを受けているのを見かねた母が、彼を引き取ったのだ。初めのうちは上手くいくと思っていたが、そう簡単ではなかった。
和宏は実の子よりも阿貴を優先する母に、懸念を抱いていたのである。妹弟は不満を口にすることはなかったが、和宏が大学三年になる頃には、同じく大学に通い始めた妹が家を出ることに。
当然、両親は反対はしたが『居心地が悪い』と言われれば、強く反対することもできない。
その直後だ、あの男が来たのは。
自分が出ればいいのだと思った。阿貴の気持ちは自分にあるのだから。
妹も弟も母親似。
あの男が阿貴を良いようにしようとするならば、いづれ二人にも魔の手は伸びると思っていた。そんなこと、させられるわけはない。
そしてどうやらこの男は、女性よりも男性に欲情するようだ。
──優人に手出しはさせない。
俺たち四人はそれぞれ、性趣向が異なる。
阿貴は同性、優人は異性愛者であり、和宏は全性愛者。そして妹の佳奈はアセクシャル。
アセクシャルとは他人に性欲を向けない者のことを指す。
「君のことは調べさせてもらったよ。雛本一族についてもね」
和宏の背中を冷たいものが伝う。
「可愛い子だね。自分の想いが叶わないから、安全なところにでもやったつもりなのかい?」
「何を言っている」
今までの努力は全て意味がなかったというのだろうか?
──帰るんだ。佳奈、優人を連れて。
和宏は祈るような思いで、彼らの消えたモニターを見てめていたのだった。
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