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2──弟の想いと思想【実弟】
──兄を救えるのは、自分しかいないと思った。
『君が彼の実の弟君?』
電話の男は優人が電話口に出るなり、そう問う。
肯定すれば、今すぐ指定の場所へ来いといった。傍で心配そうにしている姉へ視線を送り、姉と一緒でも良いかと確認を取ればOKとのこと。
あまりいい予感はしていなかったが、お気に入りのパーカーを羽織ると姉と二人、タクシーへ乗り込んだ。
「優人、なんなの? あの人」
「さあ? でも兄さんにいるところに来いと」
兄は現在、義理の弟と暮らしている。
上手くいかなかった自分たちのために、彼と共に家を出たのは知っていた。
「大きな会社ね」
タクシーから降り、タイル張りのロータリーからビルを見上げる。
姉の言葉に同意をしつつ、表情を引き締めた。
「お姉ちゃんはロビーで待っていて」
「分かったわ」
「何かあったら、平田に連絡を」
平田とは優人が大学でできた友人の名。彼とは気が合い、現在海の近くのマンションで一緒に暮らしている。姉が頷くのを待って、優人は深呼吸をした。
自分の呼びつけたのはこの会社の社長秘書。
それが兄、和宏とどんな関係なのかくらいは知っている。
──兄さんから全てを奪った男。
兄は書評の仕事を愛していた。
誰よりも誇りと信念を持ち、プライドを持って携わっていた仕事。
それをやめてしまうほどに、彼は兄の心とブライドを粉々にした。敵だと思ったことはあっても、関わりたいと思ったことはない。
あの後、兄は義理の兄弟と家を出た。
自分にとっては義理の兄にあたる、雛本阿貴。
顔は可愛らしいが、性格がよろしくない。
仲が良かった三兄弟を引き裂いた張本人。彼に対し、憎しみ以外のものを感じたことはなかった。
──母さんは、自分の兄の尻拭いをしただけ。
雛本一族は少し変わっており、とても広い敷地内に何世帯もの血縁者が暮らしていた。母が家を出たのは、父と静かに暮らしたいと考えたからだと思う。
二人は仲睦まじい夫婦であり、明るく静かとは無縁な母ではあったが、彼女の言う”静か”が何を指すかは分かっていたつもりだ。
本家の家長である曾祖父はとても穏やかで優しい反面、子供たちに口やかましく言うような人ではなかった。
血縁者だからと言って、一概に仲が良いとは言えないだろう。
身内だから気を使わないこともある。
なんでも本音をいえば良いということでもないし、何でも知っていればいいということでもないはずだ。
そんな大家族の中での暮らしは、母には辛かったのだと思う。
だからこそ、妾の子として一族の中で腫物扱いされている阿貴を放っておけなかったに違いない。
一人で育てられないと、愛人に押し付けた母。
阿貴は同性愛者であったが、そんなこともあり女性をなおのこと嫌った。
──あんな事件を起こさなければそれでも平和だったし、母が義兄を引き取ることはなかったんだ。
阿貴の憎しみは、間違った方向へ向かった。
彼は実父の娘に手を出し、孕ませたのである。
娘はその件について阿貴を庇ったが、一族の憎しみは彼へではなく彼の父へ向かう。
『お前が愛人などを作り、妾の子を本家に置くからこんなことになる。この恥さらしが』
阿貴をほったらかしにしていたのは事実。
この件で実父からも見捨てられ、彼はさらに居場所を無くしたという。
外で遊び惚けパパ活などをし、補導された阿貴を不憫に思ったのが、既に家を出て家庭を築いていた我が母なのだ。
だが、阿貴は自分たちを信用しなかった。
手負いの獣となった彼に、我が家は危機を迎えていたのである。
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