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──俺がいけないんだろうと思う。
優人は社長秘書についていきながら、兄のことを思った。
この社の社長が兄をここへ呼び、その上で自分を呼び寄せたのだ。何か意味はある。
「君が優人くんか。君のことは調べさせてもらったよ」
社長室に入るなりそう声をかけられて、優人は身構えた。
「そんな顔をしなくても、取って食ったりはしない」
「兄さんはどこだ」
彼は後ろ手に組んでいた手を解くと、優人を品定めするように頭からつま先まで観察する。
「そう、彼は優男ってのがタイプなんだね」
なんの話か分からなかった。
彼はゆっくりと歩を進め優人の前に立つと、
「君、モテるでしょう?」
と脈絡のないことを言う。
優人は何も答えなかった。それよりも、兄のことが心配でたまらない。
「そんなに和宏が心配かい?」
彼は優人に触れようとし、少し考えてから手を引いた。
「君は、和宏が阿貴とどんな関係なのか知っているの?」
──恋人だ。
答えたくなくて、目を閉じる。
兄の趣味にケチをつけるつもりはないが、阿貴だけは容認できない。
兄が全性愛者なことは知っている。
その愛は男女に向けられるものではない、”人間の中から”好きな人が出来るということだ。自分は異性愛者なのだろうとは思うが、その愛に理解は示してきたつもりでいる。
もっとも肉体が女性である相手としか付き合ったことがないから、そう思うのであって、それ以上でもそれ以下でもない。
彼は天井のカメラに目を向けると、優人から数歩離れ、
「名前をつけるなら……そうだね。恋人と言うのだろう」
彼の言い方は少し棘があった。
彼こそがその事実を受け入れたくないというように。
「けれども実情は、和宏が阿貴におもちゃにされているだけだ」
「は?」
何も言うまいと思っていた優人は驚いて顔を上げる。
「そのままの意だ。あの子は和宏に性的なことを教え込み、僕に差し出した」
そう言うと、優人に向かって何かを投げてよこす。
反射的にそれを受け取った優人は自分の手の中のものを見て、眉をひそめた。
「恋人なら……そういうこともするんじゃないのか?」
優人は苦し紛れにそう、口にする。
「君はしないんだろう? 鉄壁の理性と呼ばれていると聞いたが?」
どこで調べたのだろうと思いながら、唇を嚙みしめた。
経験がないことで見下してでもいるのだろうか?
「あなたの望みは何です?」
「君と手を組むことだ」
「はい?」
益々分からなくなり、優人は肩を竦めた。
「阿貴は、僕の愛人だった」
突然のカミングアウト。
それがいつを指しているかはわからないが、兄と一緒に暮らす前だったのだろうと思う。
「いや、今もそうだ。しかし最近、オイタが目に余るようだ」
彼の目的は阿貴を自分の手元に置くこと。
「あの時も和宏を盾にした。それだけなら構わない。愛人だからね」
プライドをズタズタにされたことが許せないのだろう。
「和宏を意のままに操り、僕に盾突こうとしている」
お仕置きが必要だろう? と彼は言う。
だが、優人にとってそれはどうでもいいことだった。
「あなたは兄さんから阿貴を取り戻したいと?」
「厳密には違うだろうが、そういうことになるね」
そもそもと彼は続ける。
「和宏が愛しているのは阿貴ではないから」
──それは……気づいているつもりだけれど。
「呼んでおいてなんだが、君は覚悟を持ってここに来たんだろう?」
これは覚悟なのだろうか?
兄に向き合うべきだと思った。
阿貴から救うために。
「君が曖昧でいれば、阿貴はまたその隙間に入り込むだろう」
そんなことは分かっているつもりだ。
「俺は、兄さんのことが大切だ。阿貴から取り戻せるなら、なんでもするつもりでいる」
「そうか、ならば会うと良い」
彼が奥の扉の方に手を向ける。
「鍵はかかってない。連れて帰ると良い」
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