2──弟の想いと思想【実弟】

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──俺がいけないんだろうと思う。  優人は社長秘書についていきながら、兄のことを思った。  この社の社長が兄をここへ呼び、その上で自分を呼び寄せたのだ。何か意味はある。 「君が優人くんか。君のことは調べさせてもらったよ」  社長室に入るなりそう声をかけられて、優人は身構えた。 「そんな顔をしなくても、取って食ったりはしない」 「兄さんはどこだ」  彼は後ろ手に組んでいた手を解くと、優人を品定めするように頭からつま先まで観察する。 「そう、彼は優男ってのがタイプなんだね」  なんの話か分からなかった。  彼はゆっくりと歩を進め優人の前に立つと、 「君、モテるでしょう?」 と脈絡のないことを言う。  優人は何も答えなかった。それよりも、兄のことが心配でたまらない。 「そんなに和宏が心配かい?」  彼は優人に触れようとし、少し考えてから手を引いた。 「君は、和宏が阿貴とどんな関係なのか知っているの?」 ──恋人だ。  答えたくなくて、目を閉じる。  兄の趣味にケチをつけるつもりはないが、阿貴だけは容認できない。  兄が全性愛者(パンセクシャル)なことは知っている。  その愛は男女に向けられるものではない、”人間の中から”好きな人が出来るということだ。自分は異性愛者なのだろうとは思うが、その愛に理解は示してきたつもりでいる。  もっとも肉体が女性である相手としか付き合ったことがないから、そう思うのであって、それ以上でもそれ以下でもない。  彼は天井のカメラに目を向けると、優人から数歩離れ、 「名前をつけるなら……そうだね。恋人と言うのだろう」  彼の言い方は少し棘があった。  彼こそがその事実を受け入れたくないというように。 「けれども実情は、和宏が阿貴におもちゃにされているだけだ」 「は?」  何も言うまいと思っていた優人は驚いて顔を上げる。 「そのままの意だ。あの子は和宏に性的なことを教え込み、僕に差し出した」  そう言うと、優人に向かって何かを投げてよこす。  反射的にそれを受け取った優人は自分の手の中のものを見て、眉をひそめた。 「恋人なら……そういうこともするんじゃないのか?」  優人は苦し紛れにそう、口にする。 「君はしないんだろう? 鉄壁の理性と呼ばれていると聞いたが?」  どこで調べたのだろうと思いながら、唇を嚙みしめた。  経験がないことで見下してでもいるのだろうか? 「あなたの望みは何です?」 「君と手を組むことだ」 「はい?」  益々分からなくなり、優人は肩を竦めた。 「阿貴は、僕の愛人だった」  突然のカミングアウト。  それがいつを指しているかはわからないが、兄と一緒に暮らす前だったのだろうと思う。 「いや、今もそうだ。しかし最近、オイタが目に余るようだ」  彼の目的は阿貴を自分の手元に置くこと。 「あの時も和宏を盾にした。それだけなら構わない。愛人だからね」  プライドをズタズタにされたことが許せないのだろう。 「和宏を意のままに操り、僕に盾突こうとしている」  お仕置きが必要だろう? と彼は言う。    だが、優人にとってそれはどうでもいいことだった。 「あなたは兄さんから阿貴を取り戻したいと?」 「厳密には違うだろうが、そういうことになるね」  そもそもと彼は続ける。 「和宏が愛しているのは阿貴ではないから」 ──それは……気づいているつもりだけれど。 「呼んでおいてなんだが、君は覚悟を持ってここに来たんだろう?」  これは覚悟なのだろうか?  兄に向き合うべきだと思った。  阿貴から救うために。 「君が曖昧でいれば、阿貴はまたその隙間に入り込むだろう」  そんなことは分かっているつもりだ。 「俺は、兄さんのことが大切だ。阿貴から取り戻せるなら、なんでもするつもりでいる」 「そうか、ならば会うと良い」  彼が奥の扉の方に手を向ける。 「鍵はかかってない。連れて帰ると良い」
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