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週の始まり
「おい、起きろ」
親父の声が部屋に響く。目覚ましや小鳥の声、家電が動く駆動音も聞こえる。そうか。今日は親父がいるんだ。
浅い眠りの中、夢と現実の世界を行き来していた僕だったが、親父の声に覚醒した。と同時に、月初めの一番忙しい月曜日の朝だと思い出す。
月曜日はタララララララ~♪ 頭の中でどっかの国の陽気なメロディが流れ出す。
そのメロディは浮かれた感じなのに。
社会人一年目の僕にとって、月曜日は地獄のはじまりを意味する。日曜日はスッキリしていたのに、月曜の朝を迎え、モヤモヤしたものが胸の中に湧いてくる。
玄関を出るとき、親父に呼び止められた。
「しっかりしろ。休み明けだからってボッーとするな。気を引き締めろ。とにかく上司に気に入られることだ。それと周りに味方をつくっておけ。信頼できるやつとそうでないやつを見分ける嗅覚が大事だぞ。そうでないと仕事はうまくいかない」
玄関で靴を履いているあいだ、親父は延々講釈を垂れる。親父に説教されるくらいなら家にいるより会社に行くほうがマシだとさえ思ってしまう。
「うるさいな。そんなことわかってるって」
親父の言葉に反発しながら家を出た。とは言っても、仕事に行くのが億劫な週の始まりに、親父の叱咤するリアルな言葉は胸に沁みる。気がつけばモヤモヤは消えていた。
通勤電車に揺られながら、今週をどう乗り切ろうか考える。土日が休みの会社に勤める僕にとって、これから始まる月曜から金曜までの五日間は長い。
「こんなんでノルマ達成できると思ってるわけ? もうちょっと考えてよ」
朝一番、上司は書類をデスクに投げだした。僕はあわててその書類を受け取る。営業をしている僕が提出した今月のノルマ達成計画書だ。
「すいません」
「すいませんじゃないよ。こんなクソみたいな計画書じゃ売れないよ。もっと現実的な戦略考えないと」
「でも……」
正直、どうやれば売れるかわからない。
入社一年目の僕にとって、自社が販売する頑固な肩こりと腰痛に効くサプリメントをどう売り込んでいいのかわからないのだ。
先輩たちは大手企業にルートを持っており、毎月余裕でノルマを達成している。それに対して僕は新規顧客を地道に開拓しており、連日古ぼけた民家に突撃訪問販売している。高齢者狙いだ。だけど、たいていは門前払い。たまに興味を示してくれる人がいても、無料お試し期間だけで終わってしまう。
そもそも肩こりと腰痛に効くと謳っているけど僕にはその効果がわからない。僕には肩こりも腰痛もないからだ。つまり、わからないのに売っているわけで、この詐欺まがいとも言えるサプリメントを売り歩く僕はどうにも袋小路に迷い込んでいた。
「黙ってないでさ。どうやれば売れるか考えるのがキミの仕事だよ。世の中は肩こりと腰痛で悩んでいる人で溢れているんだから。今月はぜったいにノルマ達成。いいか」
「はあ」
僕が間抜けな返事をすると、
「もっとしっかり考えろ」
上司が目を剥いた。
そんなこんなで月初めの月曜日は忙しかった。
残業で遅くなった僕はモヤモヤしたものを胸に抱え、マンションのドアを開ける。
「経験と失敗を繰り返して学ぶんだ」
帰るとすぐに親父は今朝の話の続きを語り出す。
「どうすれば売れるかわからないんだ」
僕は胸に溜まったモヤモヤしたものを吐き出す。
「経験と失敗を繰り返して学ぶんだ」
親父は同じ話を繰り返す。まるでそれ以外にアドバイスができないかのように。
「わかってるって。だからもういいよ」
僕がそう言うと、親父はだんまりを決め込んだ。
ちらりと親父の顔を見る。真剣な眼差しで僕を見つめていた。
本気で僕のことを思ってくれている目だ。厳しい中に優しさが滲んで見える。次第に、胸の中がスッキリしてくる。なんだか前向きになれた気がした。
風呂に入ったあと、冷蔵庫からビールを取り出し、ごくごく飲んで、そのまま寝た。
翌朝。愛犬が僕の顔をぺろぺろ舐めて起こしてくれた。ああ、やっぱり僕は猫よりも犬が好きだな。
目覚めた僕は頭の中でカウントする。週末まで今日を入れてまだあと四日ある。胸がムカムカしてきた。おまけに第一火曜日の今日は本社に行って、先月ノルマが未達成だったことを弁解する日なのだ。ああ、ますます胸が苦しい。
とそこに愛犬が体を擦り寄せる。リアルな温もりを感じる。
そんな愛犬の頭を撫でてやると尻尾を千切れんばかりに振ってくる。なんともかわいい。
いつのまにかムカムカは消えていた。やっぱりペットには癒しの効果があるんだ。
僕は明るい気持ちになって会社に向かう。なんとかなるさ。
「キミは入社してもうすぐ一年だぞ。なのに、まだ一回もノルマを達成していないじゃないか。やる気はあるのか」
本社の営業部長の前でこってりと絞られる。
「次こそは必ず」と毎度おなじみの誓約をして、僕は解放された。
ああ。すごく胸がムカムカする。
今夜も遅くなった。残業で疲れた体をベッドに横たえる。
とんとんとんと愛犬の足音が近づいてくる。
やがてベッドに飛び乗ると僕の頬を舐めてくれた。胸につかえたムカムカを取ってくれるかのように舐めてくれる。
きっと塩辛いと思う。涙じゃないよ。これは汗なんだ。
水曜日と木曜日を乗り切るにはなにがいいだろう。ぼんやり考える。ムカムカはもうなかった。
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