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週の真ん中
「そろそろ起きなさい」
お袋の声で目が覚める。
週の真ん中、水曜日。まだ三日ある。わかっているのに指折り数える。それでも週の真ん中になると、胸のモヤモヤもムカムカもない。
「ちゃんと朝ごはんは食べなさい」
お袋はいつも僕の身体のことを心配してくれる。リアルな愛を感じる。
「わかった。食べるから心配しないで」
僕は冷蔵庫から納豆のパックを取り出し、タイマーで炊けた熱々のご飯に生卵と混ぜる。
「無理しちゃダメよ。お父さんもお母さんも、あなたのことが心配なの」
じんと心が温まる。その言葉を胸に、僕は今日も会社という名の戦場に向かう。
「すまん。俺の代りにお客さんのとこに行ってくれないか。とても優しいお客さんだから」
午後になって、先輩から頼まれた。販売したサプリメントがあろうことか使用期限切れだったらしい。僕は交換するサプリメントを持ってお客さんの自宅に向かった。
先輩は新規のお客さんと約束した時間があるらしく、どうしても行かれないという。
「使用期限? そんなんで呼んだわけじゃない。なにバカ言ってんだ。こんな粗悪品を売りやがって。あの営業マンには、まったく効果がないから、金を返せって言ったんだ。さっさと金を返せ」
いかにも柄が悪い中年男が声を荒げた。事前に先輩から聞いていた話とはまったく違う。これはクレーム対応だ。
「申し訳ございません」
僕はひたすら頭を下げた。お客さんの話によると、サプリメントを飲んで一ヶ月経つがまったく効果がないらしい。それで返金しろと先輩に再三連絡しているのに、なかなか来ず、やっと来たと思ったら違う営業だったわけで、そのことにお客さんはさらにヒートアップしているのだ。
「誠意がない」
「申し訳ございません」
「金を返せ」
「申し訳ございません」
を何度も繰り返す。そのたびにどんどん胸にドロドロしたものが溜まっていく。モヤモヤだとかムカムカといったレベルをはるかに超えるドロドロ。悪いストレスだ。これはやばい。マジでやばい。これ以上溜まるともうダメだ。
結局、許してもらえなかった。明日、また行くことになった。なんてこった。なにも解決せず、僕の中にかなりのストレスが溜まった。すでに日が暮れている。
ああ。もう帰ろう。スマホを取りだし、そのまま上司にお客さんのところから直帰すると連絡を入れる。見えるわけでもないのに僕は携帯を握りしめ、渋る上司にペコペコ頭を下げまくった。
「あら、今日は早いのね」
いつもより少しだけ早く帰ると、お袋が驚いたように迎えてくれた。
ご飯は。と聞かれ、帰りに食べてきたことを伝える。
お袋は安心したように優しい目で僕のことを見ている。だけど、僕の中のドロドロしたものは消えそうにない。悪いストレスが溜まりすぎたんだ。
翌朝は体が怠かった。きっとペコペコしすぎたせいだ。明日は金曜日。今週もあと少しだ。それだけでホッとする。だけど、今日も例の客のところに行くことになっている。
悪い予感が脳裏をかすめ、僕の中にふたたびドロドロしたものが湧いてくる。
なんで先輩の尻拭いを僕がするんだ。さらにイライラも加わった。
そこに、「お兄ちゃん。イライラしてるからって、わたしに当たらないでよ」妹から本当のことを言われ、爆発した。
思いっきり大きな声で言いたいことをぶつけた。妹も負けじと言い返す。溜まったものを吐き出す応酬だ。リアルな兄妹バトルのはじまりだ。
僕は仕事のストレスを抱えている。妹はどんなストレスを抱えてるのか、よくわからない。空気より軽い彼氏のことじゃないかと勝手に想像している。
とにかく僕と妹はしょっちゅうケンカする。でも大声で言い合いしたおかげで、ドロドロもイライラも霧散した。
勢いづいた僕は昨日の柄悪中年男の自宅を訪問し、もう一度、チャンスをくれと頼み込み、お試し無料サンプル用のサプリメント一ヶ月分を渡した。それで効果がなくても今回の件は収めてくれることになった。
なにはともあれ、先輩の尻拭いは終わった。
僕はスッキリした気分で近くの民家を回った。そこで偶然にも大口のお客さんに出会うことになる。
「うちの従業員は腰痛持ちが多くてね。困ってたんだ」
そう言って玄関先に現れたのは、恰幅のいい男だった。
男は市内で清掃業を営む会社の社長で、従業員三十名にサプリメントを支給したいと言ってくれた。くわしく話を聞くと、社長は以前にうちのサプリメントを使用したことがあり、効果はわかっているらしく、従業員ひとりあたり一年分買ってくれると言う。
あとは価格交渉だ。明日見積を持って改めて行く約束までこぎつけた。
初のノルマ達成が目前まで迫っている。そんな予感がしてきた。
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