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やっと週末がきた
長かった一週間がようやく終わった。金曜の夜だ。
会社からの帰り道。僕は相当へこんでいた。昨日あれほどうまくいきそうだった商談がとん挫したのだ。なんだかんだ言っても、要するに金だ。
モヤモヤとムカムカとムシャクシャとドロドロが混じり合い、ヘドロをかためたような塊が、僕の腹の底に重たく溜まっていた。
これは滅多にないことだ。
こんなんじゃ土日がきてもちっとも喜べそうにない。これはさすがにまずい。無理かもしれない。僕は文字通り、腹を抱えた。
部屋に入るなり、スーツのままベッドに身を投げた。そんな僕の隣に彼女がそっと近づくのを感じた。いつもそうだ。僕が腹の底にストレスを溜めたときに優しくしてくれる。隣にいてくれるだけで鼻腔を甘い香りがくすぐり、僕の中に溜まった塊を溶かしてくれる。そんな感じだ。
枕に突っ伏した僕の頭を彼女が優しく撫でてくれる。
僕は少しだけ顔を覗かせる。
緩く巻かれた栗色のショートヘア。長い睫毛の下にキラキラ輝く瞳が僕を見ていた。
理想の彼女だ。
耳元で彼女が甘い声で囁く。リアルに溶けそうだ。
「元気ないみたいだけど、何かあったの?」
ワンルームマンションの狭い部屋で、彼女は優しく僕を慰めてくれる。
「今日も仕事で嫌なことがあったんだ」
僕は溜め息をつきながら彼女に泣き言を漏らす。
「話してくれる?」
その声に癒されたくて、僕は心に溜まる毒素を吐き出す。
「お客さんから、おまえみたいな若造じゃ話にならないって言われたんだ」
「気にしなくていいよ」
「とにかく上を呼べって言われたんだ」
「何もわかってない」
そうやって彼女に毒素を吐き出すうちに、やがて僕の中に将来の夢だったり、希望だったりが溢れてくる。きっと僕の心が綺麗になったからだ。
土曜日の朝。窓の外を通る車の音以外は何も聞こえない。静かな部屋で目を覚ます。
体を起こすとすぐにわかる。僕の心はスッキリしていた。生まれ変わったみたいに芯からポカポカ活力が漲ってくる。
狭い部屋を見回す。もちろん誰もいない。今日はセットしていなかったからだ。
部屋の隅に円盤のかたちをした家電が置いてある。ゴミが溜まったらしく、表面の色がオレンジに点滅している。その名もハートクリーナー。塵のようにどんどん溜まっていく悪玉ストレスが体内環境を破壊することがわかり、社会問題となった。それで開発された家電だ。
寝る前にセットすれば、悪玉ストレスの種類を分析して、翌日リアル映像を流してくれる。僕はその映像にガチでリアクションする。そうして体内に溜まった悪玉ストレスを発散し、ハートクリーナーが綺麗に除去してくれるというわけだ。
地方の田舎を出て都会でひとり暮らしをする僕に欠かせないアイテムだ。
ハートクリーナーのおかげで、僕の心はいつもクリーンに保つことができ、その心地よさにどっぷり漬かっている。今週も無事に乗り切ることができた。
来週はどんなリアル映像で癒してもらえるのかな。などと妄想するのは日曜日にしよう。
今日はまだ土曜日が始まったばかりだ。
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