転がる真珠の行き先は

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 曾祖父の寝室、というのはかつての呼び名で、現在は畳の物置と呼んで差し支えがなかった。とにかく、しばらくは使わないだろうと思われるものがまとめてぶち込んである。壊れたヒーターだとか、扇風機だとか、そう言うものがごちゃごちゃと。埃っぽくて、マスクももらってくれば良かったと思ってしまう。  蛍光灯が切れてるんじゃないかと心配したけど、そんなことはなく、スイッチを入れると、清々しいまでに白い光が室内を照らした。  私はすぐに自分の仕事に取りかかった。引き出しを開けると、随分昔の紙類がたくさん出てくる。多分仕事で貰ったんだろうな、と思うような名刺だとか、黄ばんだ手帳(何も書かれていなかったのと、メーカーの名前が入っていたのでこれも多分貰い物)。小銭に古いお札(夏目漱石の千円札が出てきた)。その他諸々。そう言うものを、要りそうなものとそうでもなさそうなものに分けて積み上げていく。思ったよりも没頭できる作業だった。  どんどん物を取り出していくと、覚えのないきらめきが視界に入った。その違和感が私の注意を惹く。 「ん?」  箪笥の横に何かが落ちていた。何だろう。大きめのビーズみたいな、白っぽい玉。つまみ上げると、どうやら真珠のようだった。その辺の雑貨屋で売ってる、安いパールビーズではない。多分、お葬式で母や伯母さんたちがしているような本物の真珠だ。あまりにも綺麗なものだから、私はついつい、電灯の下で色んな角度から見てしまった。どの角度から見ても、とっても綺麗。キラリ、ではないけれど、すごい美人が微笑み掛けてくれるような光り方をしている。白にも色々あるとは聞いていたけど、これを見ると納得してしまう。綺麗な白色。乳白色っていうのかな。  でも、この真珠には穴が空いている。紐を通す穴だ。という事は、ネックレスだったのだろう。残りの真珠はどこにあるんだろう。私は拾った真珠をポケットに入れて、立ち上がった。箪笥の裏や、引き出しの中を探す。どこにもなかった。何故だかどうにも気になった私が何気なく廊下側を見ると、敷居の上にそれはあった。一粒の真珠が、蛍光灯の光を受けてつやつやと光っている。さっきこの部屋に入った時にはなかったような気がするが。箪笥の上にあって、探している間に落ちたのだろうか。私はそれも拾い上げた。 「あれ?」  そうすると、視界に入った廊下にもう一粒落ちているのが見えた。なんで? さっきまでこんなのなかったじゃん。それは絶対だ。誰かが持ち出して落としたのかな。廊下で落として、その内一粒がこっちの部屋に転がっちゃったのかな。音は聞こえなかったけど。というか、落とすとしたら母か伯母さんだけで、その二人なら絶対大声を出すだろうという確信が私にはあった。  しょうがない。どのみちそのまま放って置くわけにもいかない。拾って伯母さんに渡さないと。私はそれを拾い上げた。 「こっちにも……」  グリム童話か? と言いたくなるくらい、真珠は落ちていた。私は白く光る玉の在処を辿って行き、やがて古びた扉の前に辿り付く。ここは? 開けてみると、どうやら真の意味での「物置」のようだ。灯りを付ける。明らかにLEDでも蛍光灯でもない、裸電球がオレンジ色に室内を照らした。床にその光を反射して、優しく、けれど美しく光るものが点々と落ちていた。真珠だろう。私はものの間を縫って、それらを拾い、追った。  そうすると、一つの段ボールに行き着いた。開きかけたその上に乗っている。私はそれを拾い上げると、段ボールを何気なく開けた。大きさの割に、中身はノート数冊と、細長い箱。ノートの一冊はスクラップブックだ。古い新聞が貼り付けられている。 「昔の新聞だ……」  古い新聞はちょっとわくわくする。歴史の教科書にもたまに載っている。当時は最先端だった筈なのに、今見るとその見出しのフォントはダサく見えた。なんか、ずんぐりしてるというか。今の新聞も、私が大人になった頃にはダサく見えるのかも知れない。そう思うと、歳を取るのがちょっと楽しみになるのだ。昔は綺麗だった筈のテレビも、今「当時のVTR」で流されるとすっごく古く見えるし。どうやら、五十年くらい前のものらしい。  なんてことを考えながら、私は記事を読んだ。日付もそうだけど、貼られているページが黄ばみ掛かっていることから、時間の流れを感じてしまう。 『女性行方不明 交際相手の後追いか  S県I市在住の女性(38)が先日より行方不明になっていることが、県警の発表で明らかになった。女性はI市の商社勤務。先週より、交際相手が亡くなったと周囲に明かしていたことがわかっている。県警は後追いの可能性があるとして捜査を進めている。』  行方不明の記事だった。他の記事も、全部同じ事件を扱っている。どうして大ばあちゃんはこんな記事をスクラップしてたんだろう。途中の記事から名前も出てきた。遠藤(えんどう)真奈美(まなみ)と言うらしい。苗字からして、親戚ではなさそうだ。もしかして、隠し子? 何か書き込みとかないだろうか。段ボールの中に入っている他のノートは? まっさらなノートばかりだった。どうやら、数冊まとめて買ったのを一緒にしまっていたらしい。例の事件はそんなにたくさん記事がなかったらしく、一冊目のノートの半分も行かないうちに終わっていた。フォントからして、同じ新聞なのだろう。他の新聞を買ってまで記事を集めるつもりはなかったようだ。
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