1.愛人試験

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「いい子。よくお聞きなさい……私達のこの閉鎖された愛の世界は、貴方が思っているよりもずっと繊細なのです。 指の先でも拒めば、たちまち手を離されてしまう。何しろ、あの方はまだ若く、そして地位ある方だ。 その繊細な心を傷つけず守って抱きしめて差し上げるのが、お姫様の役割なのですよ────おや」  唐突に語りかける声が止み、身体が解放された。馬車の揺れもいつの間にか止まっている。  目的地に着いたのだ。気がついた瞬間を見計らうように、馬車の扉が引かれた。 「……この、色魔」  扉から風が舞い込むと同時に罵声が忍び込む。  目を丸くするシンの目前には、黒いブラウスに黒いスラックス、黒いエプロンという喪に服すように黒ずくめな青年が嫌悪の瞳でこちらを見ていた。  否、よく見ればその視線はシンよりも後ろ……フォーサイトへ向けられている。その視線に釣られて背後を振り返れば、フォーサイトは再び銃口を向けられた罪人のように両手を上げていた。 「怒らないで下さい、エリオス」 「怒る? 誰が、誰の為に。笑わせる」  嘲笑を混ぜた声で言い返し、エリオスと呼ばれた青年は困惑した表情でシンへ手を差し伸べた。反射的に握り返すと、ぐっと引かれる。 「色魔が世話になったな。もしまたあいつに困らされたら、遠慮なく蹴っていい。俺が許可する」 「わかった」  話のわかる男だ。シンは強く頷き、手を引かれるまま馬車から降りた。
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