3.幸福な幼馴染み

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 簡素だが量のしっかりした食事に腹を満たされたシンは、暗がりの部屋を抜け出していた。  使用人たちの住む離れから出、庭を突っ切って歩いていく。  何をするでもなく、ただ眠り、食事をする一日に、もやもやと鬱屈した感情が胃のなかに広がるようだった。  何か、何かをしなくては。  レイがすぐそこにいるこの屋敷内で、ただ家畜のように暮らすなど論外だった。  再会したからには、今度こそ自分が守ってやらなければ。臆病で、華奢で、すぐ泣いたレイ。汚い言葉に染まりきれず、お嬢さんとからかったらひどくいじけて三日も口をきいてくれなかったレイ。  可愛い、弟のようなレイ。  今度こそ。守ってやらなければ。  その為に何ができるかはわからないが、じっとしてなどいられるはずもなかった。  一応程度にはレイ公認の身ではあるが、念のためお咎めを受けぬよう人目を避け慎重に進む。  使用人たちも食事中なのだろうか、昼間は忙しなく歩き回っていたメイドやお仕着せの男たちは見当たらず、屋敷はただ広く広く、シンを受け入れた。  燭台の炎と、広すぎる静かな廊下。絨毯に吸い込まれるシンの小さな足音だけがかすかに鳴る。  たった数時間前まで、シンは扉越しに嬌声の漏れ聞こえる、ベッドと部屋ばかりの簡素で大人の欲に満ちた穢れた場所にいた。  しかし今は、人形のように飾り立てられ、髪をとかされ、香水を吹き掛けられて、お伽噺の城のような広大な館をひとり歩いている。当然、醜い吐息も枯れた少年少女の声もしない。  それがひどく、不思議だった。
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