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0.消えた幼馴染み
世界は残酷だ。
少年シンがそれをはっきりと自覚したのは、彼がまだ歳を数え始めて6年しか経たない頃だった。
彼は孤児だった。
捨て子の青年を筆頭に作られた孤児の集団の中で、シンは粗野な言葉を覚え、暴力に応じる術を学び、盗みを覚えた。
その荒くれた連中の中で、まだ10にも満たない彼は勘違いをしていた。
自分は強いのだと。
自分は愚かで贅沢な大人たちよりもうんと賢く、強いのだと。
「レイ!」
声変わりを迎えない、少女のような声が叫ぶ。振り返る、ほっそりとした背中。
「シン、」
叫ぶシンを、男が羽交い締めにする。仲間たちの中でも機敏さを誇る彼は、必死に身をよじった。
────敵わない。
そんな訳はないと、暴れる。暴れて噛み付いて、吠える。手を伸ばす。
「レイをどうする気だ!レイ!行くな!レイ!」
「静かにしろ!」
男の怒声に顔を上げた瞬間、内臓がせり上がるような衝撃が襲った。
「かは……ッ」
鳩尾にねじ込まれた膝が離れる。シンの痩せた身体がくの字に折れた。
「レイ……」
呟き、石畳の上に倒れ伏す。冷たい石の感触が頬にぶつかる。ぼやけた視界の中、複数の大きな靴と、小さな汚れた脚が消えていく。遠い足音。
行くな。レイ、連れて行くな。行かないで。行かないで。
浅い呼吸を繰り返す胸の中で必死に唱える言葉は、声にはならなかった。力が入らない。指先がかろうじてぴくりと反応を示すだけだ。意識が遠ざかっていく。
(このまま、死ぬのかな)
シンはぼんやりと考えた。声にならない声で反芻すると、嗚咽が込み上げ喉を震わせる。わななく唇で呪詛を吐いた。
「あんたがもっと、」
シン、あんたがもっと、……強ければ。
言い切る前に、意識は暗闇に沈んだ。
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