あの世で算盤を弾く話

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 私は算盤を(はじ)く。  パチパチと、小さな音を立てながら。  その日が来るのを待ちながら。  思いがけず不慮の死を迎えてしまい、私はあの世に行くことになってしまった。  三途の川を渡ると、ずらりと行列が出来ている。閻魔大王に行く先を決めてもらう為の行列だ。  こんなにたくさんの人の天国地獄行きを決めないといけないって、閻魔大王って無茶苦茶激務だな。私も生きてた時は結構なブラック企業勤めだったけど、それ以上かも。  それでも行列はさくさく進み、私の番になった。閻魔大王は手元のタブレットに目を通し、こう言った。 「おまえは生前多少の罪は犯してはいるが、まあ微罪だな。地獄に行く程のことはない」  私が内心ホッとしていると、閻魔大王は続けて言った。 「微罪だと、転生までの期間が罪の分長くなるが、冥府での労役をすれば免責されるぞ。仕事は簡単な事務だ。どうする?」  つまり、些細な罪なら働いて償えということか。私は一も二もなくそれに飛びついた。  こうして私はあの世の事務所で働くことになった。  仕事場に案内されると、一面ずらりと机が並び、多くの人達が仕事をしている。気づくと、そこら中からパチパチと小さな音がしていた。私は机の一つをあてがわれ、備品を支給された。……って、これ、算盤? 「算盤の使い方、知らない?」  隣の席の女性が声をかけて来た。 「い、いえ、知ってますけど……今時、算盤って」 「ここはこれが決まりなの。死ぬ運命の人の資料を見て、罪の収支を数えて決算して、閻魔大王の採決の材料にするのよ。罪が多ければ地獄行き、少なければ天国で転生を待つの。だから計算は正確に、ただし必ず算盤を使うこと」 「えらくアナログなんですね。閻魔大王はタブレット使ってたのに」 「理由があるのよ。今にわかるわ」  それから毎日、私はせっせと算盤を(はじ)いていた。アナログな分手間はかかるけど、休みはしっかり取れるし社食のご飯は美味しいし、生きてる時よりいい生活をしている。  ちなみにあの世では別に食事を取らなくてもいいけど、労役についている者は現世と同じような生活を送る人が多く、嗜好品として食事をする割合が高いのだそうだ。  まあ、作っているのは生前料理人だった人達なんだそうで、これも労役の一環らしい。美味しくて当然だ。  計算についてはさすがに厳しい。間違えたら、天国に行くべき人が地獄に落ちてしまうかも知れないからだ。  ある日仕事場に出勤すると、仕事場の一角がやけに騒がしい。 「やっとあいつが来るんだ!」 「この日を待ち望んでたわ!」 「仕事を頑張らないとね!」  何人かの同僚が嬉しそうに話し合っている。 「あの人達、どうしたんですか?」  私は、ちょうど出勤して来た先輩の一人に訊いた。先輩と言っても年齢は高校生くらいなので、年上の後輩の私には敬語を使う。 「あれは、連続殺人事件の被害者達なんですよ」  先輩が教えてくれたのは、何年か前に起こった事件だった。テレビなどでも大きく報道されていたので、私も聞いたことがある。 「ここで仕事しているのは、ほとんどが理不尽に殺された被害者なんです。いつもは正確さが要求される罪の精算ですけど、自分を殺した加害者が来る時だけ、その罪に『うっかり』加算をしてもいいことになってるんです」  それは昔からのこの事務所の不文律らしい。算盤なんてアナログな道具を使っているのも、わざときっちりした数字を出さない為なのだ。 「犯人の死刑が決まって、近いうちにこっちへやって来るのがわかったんですね。罪の数が多ければ、それだけ地獄での刑期が長くなりますから」  なるほど、それであの人達は「うっかり」しようと手ぐすね引いてるわけか。 「加害者の地獄行きが決まったら、大抵みんなここを辞めて天国でのんびり過ごすんですよ。人が減るから、少し忙しくなるかも知れませんね」  私は先輩を見た。高校生に見える先輩は、多分死んだ当時のままの姿だ。 「先輩も、そうなんですか?」 「勿論。僕をいじめた奴らが来るのを、ずっと待ってますよ。君もそうでしょ?」  先輩はにっこりと笑った。  そして私は今日も算盤を(はじ)く。  私を殺したあなたがこちらに来た時、盛大に「うっかり」してあげる為に。  私からあなたへ、最後にして最大の意趣返しが出来る日を楽しみに、私は仕事に励んでいる。
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