350人が本棚に入れています
本棚に追加
「思っちゃったんです。誰かに抱かれてみたいなって。こんな僕でも受け入れてくれる人がいるんじゃないかって。だからシャングリラ、行ったんですよね。ほんとまんまで恥ずかしいんですけど。セキヤさんも……同じような感じですか? あ、それとももう、パートナーとかいるんですかね?」
顔を上げて彼を見る。
そこには思いがけず真剣な顔をしたセキヤさんがいた。
「アンザイさん、出ましょうか?」
突然セキヤさんは伝票を持って立ち上がる。
「えっ? あっ、はい……」
慌てて荷物をまとめながら僕は、やってしまったかと不安になった。初めて隠さず話せる人に会って浮かれて、立ち入ってはいけない所にまで踏み込んでしまっただろうか? 不快にさせてしまっただろうか?
会計をしようとするセキヤさんに「僕も払います!」と財布を取り出したが、ここはいいです、とあしらわれてしまった。ますます距離を感じて、楽しかった気持ちがしぼんでいく。なんだかシャングリ=ラに足を運ぶ前よりも悩みが深くなった気がして、僕の足は自然と重くなった。
のろのろと店を出ると、店の前に置かれた椅子に腰かけてセキヤさんは僕を待っていた。悪気はなかったとあやまったほうがいいだろうか、そう思って頭を下げかけた僕に、彼は言った。
「半分、おんなじですけど、半分は違います」
「……え?」
聞き返す僕の顔を、セキヤさんは眼鏡の奥から真っ直ぐに見る。
「僕も人肌恋しくて寂しいですから。でも……僕の場合は、誰かを抱きたいんです」
返事ができずに固まった。
積み上がったテトリスの最後のピースがはまって列が次々消えていくイメージが、頭の中をぐるぐる回り出す。
セキヤさんはすくっと立ち上がると、動揺する僕の腕をそっとつかんだ。そして、そのつかんだ腕だけを一心に見ながら言う。
「僕もずっとひとりだと思ってました。だから気持ちは良くわかります。僕とアンザイさんは似ていると思います。よかったら……この後、行きませんか?」
どこへ、なんて言われなくてもわかっていた。
僕の腕を控えめに、でも確かに拘束する彼の腕には、彼のイメージにそぐわない洒落た腕時計がはまっている。
セキヤさんは、僕が思い描いていた抱かれたい男とは違った。
男にすっぽり包まれたい願望がある僕は、いつももっと力強い男くさい男を妄想していた。
セキヤさんは僕とそう変わらない。清潔感のあるありふれたシャツを着て、ありふれたチノパンを穿いて、体型も僕に似ている。眼鏡のインパクトは強いがどちらかと言えば記憶に残らない平凡な印象だ。
だけど常識的で、決して傷つけて来ない人だと思った。
彼とならきっとつまらない僕も勇気を出して殻を破れる――。
僕はうつむいたまま少しだけ目を閉じ、覚悟を決めると、つかまれていない方の手をそっとセキヤさんの腕にそえて、体を寄せた。
「行きましょう」
そうして僕たちは、来たときよりも親密な距離で、歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!