350人が本棚に入れています
本棚に追加
わずか三十センチの距離、そこにはほぼ全裸と言ってもいいほどに服を乱した男がいた。シャツは首元まで捲り上げられ、下はずり落ちて尻が半ばまで見えている。
うつむいて目をそらしたが、見間違いだったんじゃないかとちらりと再び見たのが間違いだった。
薄暗い映画館の中で、白くぬめるように光る背中。
その男は椅子に座る男の上に脚をひろげてまたがり、リズミカルに腰をすりつけていた。右手で椅子の背をつかみ、まるでダンサーのような身のこなしで卑猥に腰を波打たせている。反対の手は重なるふたりの間に落とされ、よく見るとしきりに上下していた。
「あーっ……」
男が鳥の鳴くような声を出してのけぞる。
「いくっ……いっちゃ……ぁっ……ぁっ……はぁっ」
数度腰を突き上げてから、またがる相手の上半身にがくりと体をあずける。受け止めた方は動揺もせず、多分汚れた手をハンカチでふいている。
「気持ちよさそうにイったな。こっちにも欲しいんじゃないのか?」そう言いながら、するりとその手を上になった男の尻の合間にすべらせた。
「んんっ」
撫でられた方はぶるっと体を震わせ、うっとりと尻を弄る男の頬をなでた。そして媚びる声で言った。
「もちろん欲しいよ、決まってるじゃん。そのために準備万端だよ。今日はアタリだなぁ。こんな僕好みのに出会えるなんて……僕のお尻にゴリゴリのぶち込んでよ」
(……なっ!)
これは僕の妄想じゃないのか?
さっきまでの現実が遠く感じる。まるでここは異次元の世界だ。
ぐっと握る手は汗でべちょべちょだった。それにさっきから股間が痛いほど反応してしまっている。まずい、もっと生地の厚いズボンにすればよかった。
もじ、と膝をすりあわせながらふと気配を感じて見回すと、映画が始まったときには距離をとって座っていた二十人に満たない観客が、隣の行為を見ようと周囲に集まってきていた。もう誰もスクリーンなんて見ちゃいない。
異様な熱気が辺りを包んでいる。
年配の老人と言っていい紳士から、血気盛んな若者まで、ぎらついた目で隣を食い入るように見ている。
中には立ったまま股間をむき出しにし、自慰にふけっている男もいる。ハァハァと息を乱し恍惚の表情を浮かべるその様子が信じられなくて、あっけにとられていたら、その男は後ろから肩をつかんだ別の男に激しく口づけをされ、ふたりはそのままもつれながら椅子に沈んだ。
(うそだろ……こっちでもはじまった……)
「あはっ、すごぉい」
叫ぶようなその声にぎょっとして見ると、隣はまさに行為の真っ最中だった。
対面座位に組み合った下の男のアレは、体を上下にゆする男を串刺しにしているように見える。ぱっちゅんぱっちゅんと肌のぶつかる湿った音を盛大にたてて声を押さえる気配もなく、ふたりは踊ってでもいるみたいに激しく交わっていた。
そのたびに一列分つながった椅子がガタガタと振動する。並びに座っている僕も一緒に揺れてしまうのがひどく間抜けで、いたたまれない。
(うわ、うわ、うわ……)
どえらい場所に来てしまった……。
今やあちこちではじまり、乱交の様相を呈してきた映画館の椅子にいまだ固まったまま、僕は、初心者のくせにこんな場所を選んでしまった事を激しく後悔していた。
最初のコメントを投稿しよう!