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発展場で出会った人
なんの覚悟もない半端な僕だったが、知識だけは豊富に持っていた。
どうすれば男が好きな男に出会えるか、“ハッテンバ”で検索すれば一発だ。
行くあてなど無いくせに、念には念を入れて上位ではなくいくつものブログやSNSをたどり、容易には検索できないような穴場を探す。
会社の人には間違っても会いたくないよな。会社からは離れていて、贅沢は言わないけどできたらタイプの男が居る所がいい。同じ年代が多くて危なくない場所――。
そうしてたどり着いたのは、若者の集まる家賃の高いおしゃれエリアのはずれにある、昭和レトロなピンク映画館だった。
『シャングリ=ラ』それが映画館の名前だ。
場所柄、客層も良く、初心者にもおすすめだと書かれていた。
(いつか行くなら、ここなんかいいよな――)
そうして夢想していたのは実家に帰る一ヶ月ほど前だったか。まさか、本当に来てしまうとは思わなかった。
マップで場所は検索済みだったけど、たどり着くまでにはうろうろと周辺を何週もしてしまった。いくら探しても見つからず、もうあきらめようかと思ったそのとき、通りすぎたビルの谷間の路地に目が止まった。
ビールの空き瓶やポリバケツが放置してあるその場所は、目的が無ければ足を踏み入れそうもない目立たない道だった。だが、地図上はこの奥が目的地になっている。
のぞきこむと、道の先にわずかな明かり漏れているのが見えた。まさかと思いながら恐る恐る進み角を曲がると、突きあたりのぽっかり開けた場所に『シャングリ=ラ』はひっそり立っていた。
建物自体に名前の表示は無い。廃墟……? じゃないよな。
デコラティブな飾り彫りが施された壁はもともとは白かっただろうが、今は灰色にすすけて無数にひびが入っている。チカチカとまたたく入口の一組の蛍光灯だけがその姿を照らしていた。
(消防法とか大丈夫なのか)
欠けたオレンジ色のタイルが敷き詰められた洒落たエントランスを踏んで、貼ってあるポスターを見れば、正しくエロ映画館らしく時代がさかのぼったような昭和テイストなポルノ映画が三本上映されている。
そしてその上には、何年も前からそこにあるような端が茶色く変色した紙に、『大人の社交場 シャングリ=ラ』と書かれていた。
――ここで間違いない。
僕はにわかに緊張して、周囲にひと気が無いことを確認した。
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