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「そ、今日はあなた運がいいわぁ。きっと楽しめると思うから」
そう言うと彼は、さっさとカウンターの後ろのカーテンの奥に消えてしまった。
楽しめるって……。やっぱり僕もそういうの目指して来たってわかったんだろうな。覚悟はしてきたが、そんなにヤりたがっている顔に見えるだろうか? すりっと気まずい思いで顔をこすりながら、いよいよ緊張して僕は廊下の奥を目指した。
妙に重たい革張りの扉を開けると、映画はまだはじまったばかりのようだった。スクリーンに映し出されていたのは思っていた濡れ場ではなく、ありふれた町の風景だ。
少しほっとしながら薄暗いそこに一歩を踏み入れる。すると中にいた数人の人間が振り返って、一斉に僕を見た。
ヤバい。反射的にそう感じてきびすをかえすと、僕は廊下に引き返していた。
「…………」
背後でパタリと呑気な音を立てて扉が閉まる。横の壁に寄りかかり、ゆっくり息を吐いた。
やっぱりここは普通の映画館とは違う。はっきりそうわかった。
僕に向けられたのは、あきらかに品定めをする目。ぶるりと足元から震えが走る。
ーーそうか、僕ははじめて男から欲望の目を向けられたんだ……。
自分が選ばれる側になった心細さと、欲情される側になった優越感と……うまく言えないが、急にスポットライトが当てられた気がした。
なんとも言えない感覚だが、興奮してくる。今日ここで抱かれる相手に出会えるかもしれない。そんな予感が強くする。
「ふぅー」
ひとつ深呼吸すると、ドキドキと心臓を高鳴らせたまま、僕は再び扉を押し開けた。
その部屋は正方形に近く、横に十席程度の椅子の列が、前から七列ほど置いてあった。
僕は足元を見つめたまま後ろ寄りの手近な席にとりあえず腰を下ろした。そっと見渡せば何人かの男が思い思いの場所に座っている。
うつむいて膝にそろえた手をじっと見る。映画ではいよいよ主役の二人が出会ったらしく、お世辞にも上手とは言えない演技と服を脱がせ合う衣擦れの音が聞こえてきていた。
(これからどうすればいいんだろ……)
内心ひどくビビりながら顔を上げる。するといつの間に移動して来たのか、隣の席に座っていた男に声を掛けられた。
「ひとり?」
横を向いた僕と目があうと、男はにっこり笑った。
(あ……すごく、かっこいい)
僕よりだいぶ年上の、こんな場所が似合わない男だった。暗闇でもわかる。体に沿った微かに光沢のあるスーツを着て、顎には少しひげがある。仕事のできそうな、理想の上司みたいな風貌は、僕の思い描いていた抱かれたい男に近くて、たちまち僕は舞い上がった。
「あまり見かけないね?」
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