350人が本棚に入れています
本棚に追加
映画そっちのけで繰り広げられる生のそれに煽られて、狭い劇場全体が卑猥な空気に染まっていく。あちこちでつられて行為がはじまる中、僕はもちろん参加することなどできず、巻き込まれないように体を小さくしてやり過ごすしかなかった。
延々と続くかと思った異常な状況だったが、やがて、隣の席のふたりは満足した様子で連れ立って席を立った。親しげに手をつなぎ、僕の膝の前の隙間を足をぶつけながら移動していく。
みっともなく乱れた服装で生々しい匂いをまとった彼らは、猥褻で、普通なら目をひそめられる姿だ。だが、僕にはひどく色っぽく見えた。くっつき合う親密な様子に、うらやましく思わずにいられなかった。
――断らなければよかった、のかな……。
そうすれば、今頃僕があの立場にいたのかもしれない。
正直ほっとしてもいた。いざとなれば僕はまたきっと拒んでしまう。茜に背中を押されたくらいじゃ壊せないほど、僕の殻はぶ厚い。今夜それがはっきりとわかった。そんな勇気なんてやっぱり無いことが。
気がつくといつの間にか映画は終わり、館内は絞った明かりが灯っている
さきほどまで行為に励んでいた人たちもぽつぽつとしかいなくなり、あの濃密な雰囲気は和らいでいた。
帰ろう。そう思って腰を浮かせたとき、今は空いてしまった二つの席のその向こうに、誰かが座っているのに気がついた。
僕と同じく座席に力なく座っているその男は、黒縁の眼鏡ごしに呆然と前を見ている。
――あ、彼は僕と同じかもしれない。
反射的にそう思った。僕と同じでこの場所になじめていなくて、衝撃を受けている。
きっとネットで調べて来た仲間だな。どんなブログにもここまで詳細には書いてなかったもんな。そんな想像をしたらおかしくなって、フッと口元が緩んだ。
すると眼鏡の彼も僕の存在に気がついたのかこちらに視線をよこし、すこし逡巡した後、思いがけず話しかけてきた。
「あの、俺ここはじめてなんですよ。あなたも……そうですよね?」
「あ、ええ……そうなんです。わかります?」
そうして僕達は、自然と顔を見合わせて、苦笑いを交わしていた。
最初のコメントを投稿しよう!