初夏のとびら

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「着いたぜ。俺は自転車停めてから次の電車に乗る」  素晴らしい速さで駅前に到着したものの、早朝からの二人乗りが目立って周囲から軽く注目を浴びてしまう。 「ありがと」  バツが悪くて伏し目がちに放たれたお礼にじゃあなと応えると、見た目より大っきな背中は消えていった。なぜかわからないけど、私は急に泣きたくなった。  いや、そうじゃない。お兄ちゃんが行く前に、無理にでも泣いておけばよかった、と思ったんだ。  ジーワジワジワジワ……ジーワジワジワジワ……。  話し声や笑い声を耳にしながら、校門前の長い長い上り坂を無言で進む。トンネルのように向かい合った並木道からの木漏れ日で、額がじっとりと汗ばむ。いつもと違う朝のようで、いつも通りの朝だった。お兄ちゃんと話して少し軽くなったように思えた体も、学園名物のこの坂のせいで再び重たくなってしまい、一向にペースが上がらない。 「おはよう……はぁ、はぁ」  息を切らしながらお兄ちゃんの次に私の隣に追いついたのは、三週間前喧嘩したあの子だった。 「お、おはよう」  私はびっくりして、声が上ずってしまう。 「ごめんね、この前」  友達からまさかの言葉が飛び出し、今度は目を丸くしてしまう。 「色々考えてさ、周りの子達にも相談してたんだけど、私が言いすぎたな、って。…はぁ、はぁ。あなたに……はぁ、はぁ。悪気があったわけじゃないのに」  友達はまだ息を切らしていて、力強く私を追い越しながら言う。 (あれこれ悩んで動けなくなるより、動いて失敗した方がまだ清々しいぜ)  お兄ちゃんの言葉がよぎる。誰だって、色々悩んでる。なのに、私は……。 「ううん。私が悪いの。ごめんね、余計なこと言っちゃって」不思議と、私の息は切れていなかった。「また、お昼一緒に食べたい」  精一杯、力強く言う。 「うん、もちろん!……はぁ、はぁ」  友達は笑顔で振り返ってそう言うと、そのままさらにペースを上げて坂を上っていった。  ジーワジワジワジワ……おはよう!  ジーワジワジワジワ……昨日の観た?  ジーワジワジワジワ……おはよ~。  ジーワジワジワジワ……あー、昨日夜ふかしするんじゃなかったぁ。  そこかしこで、挨拶と会話が聞こえる。さっきまでも聞こえていたけど、よりクリアに耳に入ってくる気がした。私は額の汗を拭いながら、自分のペースを守ったまま、ようやく校門前にたどり着く。  おっはよー。  おは~。  おはよぉ!  下駄箱のガラス扉越しに、クラスメイト達が談笑しているのが見える。坂道を登り終えた私の体はさっきまでと打って変わって、綿毛のように軽くなっていた。まだまだ、暑くなるだろう。まだまだ、やる事もたくさんある。だけど今不思議と、何かワクワクとした気配を感じている。なんだかこのワクワクを、誰かに伝えたくなるような……そんな気持ち。  私は大きく深呼吸をすると、手すりに手をかけ、ゆっくりと初夏の扉を開いた。 「おはよう」  心地よい涼しい風が、扉の向こうには優しく流れていた。 ー了ー
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