初夏のとびら

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「この子、近頃なんだか元気がないのよ」  母さんが救い船を出すと、ようやく新聞を閉じて父さんがこちらを見てきた。 「なんだ、それでここのところ、少食なのか。悩み事なら聞くぞ」 「別に、大したことじゃないよ」  友達と喧嘩してグループからはぶられそうだなんて、気まぐれで相談相手になろうとする父親には死んでも言えない。 「まぁ高校生も色々あるよそりゃ、父さん」  食事を終えて牛乳を飲み干しながら、お兄ちゃんも会話に参加する。 「それはそうと、自転車パンクしたって昨日言ってなかった?時間大丈夫なの?」  ……すっかり忘れてた。最悪だ。 「行ってきます!」  ちょうど半分だけ食べ終えた大好物を尻目に、カバンを持つと大急ぎで玄関へ向かう。 「気をつけるんだぞ」  父さんの呼びかけを背中に受けながら、私は家を飛び出した。  勢い良く出たのはいいものの、走らなきゃ間に合わないのに、結局とてもじゃないけどそんな気にはなれていなかった。  今まで人間関係はうまくやれてこれた方だったけど、学校へ行くのにこれほど気が重くなったのは初めてのことだった。素直に謝ればよかったのに……意地を張って、そのままうやむやにしてしまった。  すると、いつの間にか口も利かなくなって、お昼も一緒に食べなくなった。ことの重大さにようやく気付いて送った謝りのメッセージは、未だ既読すらついていない。この事がきっかけで、受験のプレッシャーとか、将来のこととか、そういう漠然とした言葉にできない不安も表面化してきたように思えてきた。心の中の黒いもやもやを、もはや五月病では片付けられなくなっていたんだ。  キキーーーッ!  突然、背後から来た自転車が隣で急停止する。 「のんきに歩いてちゃ間に合わないぞ。乗れよ」 お兄ちゃんだった。が、自転車にも提案にも乗る気にはなれない。 「いい」 「早く」 「いいってば」 「こんな事、2度と無いかもしれないぜ」  どういう意図かはわからないけど、それは確かにそうだと思った。 「余計な事考えないで、最善の方法に飛び込むのもいいもんだ」 続けて兄はそう言った。私の心を知ってか知らずか、その言葉にも妙に説得力を感じた私は、なんだか急に気が変わってきた。 「ほら、早く」 「……うん」  しぶしぶしがみつく背中は、思いの外大きかった。昔はあんなに仲が良かったのに、いつからほとんど会話もしなくなったのだろう。別に、お兄ちゃんが嫌いになったわけでもないのに。 「大学って楽しい?」 「楽しいよ。お前次第で、どうとでも過ごせるさ」 「私は今楽しくない」 「それはお前がなんでもやる前から考えすぎてるからだ」 「そうなの?」 「そうさ。あれこれ悩んで動けなくなるより、動いて失敗した方がまだ清々しいぜ」  私がお兄ちゃんと会話しなくなった理由を、本当はなんとなくわかってる。お兄ちゃんのそういう姿勢が、私とは真逆で、なんだか話が合わないと感じるようになったからだ。父さんなんて、その最たるところだ。  お兄ちゃんは、そのことに気づいてた?気づいて、そっとしてくれてた?
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