no.8

1/1
前へ
/13ページ
次へ

no.8

「俺、ウソ下手なんで、この仕事向いてないみたいです。」 佐久先輩と距離をとるため、営業課からの移動を人事に希望すると、習得していた資格が免罪符となり、たまたま、人手が充足してなかった経理課へ配属が決まった。 将来の会社を担うであろう社員には、様々な部署を経験させる事は、後の力になりうると社長の指針も後押しとなった。 「しばらくは、経理と平行しつつ、営業の今、持っている仕事をきちんと消化していく意向です。突然のことで、ご迷惑おかけします。申し訳ありません。」 誰も居なくなったオフィスで、先輩に深々と頭を下げる。 「お前、なんか、あっただろ?」 勘の良い先輩は、すぐに、俺の気持ちの変化を察したようだった。 「じゃあ、俺、まだ、仕事があるんで。失礼します。」 これで良かった。後は、徐々に今までの繋がりを絶てば、ただの先輩、後輩だった、あの日の二人に戻れるんだから。 奥さんも傷つけず、未来の子どもの幸せも約束された。佐久先輩だって、冷静になれば、俺との関係が間違えだったとすぐに分かるはず。 俺は、俺は、先輩が幸せならそれでいい。。。 あまり感傷的になってしまうと、せっかく、決心した気持ちが揺らぐので、目の前の仕事にひたすら集中する。 「おい、相田。最近、俺からの飯の誘い断って、デスクでカップラーメンばっか食ってんじゃん。」 パソコンに向かい、残業する俺の正面に先輩が立つ。口角は上がっているのに、瞳は悲しげに影を落としていた。 「そんなんばっかで、身体壊すぜ。たまには、自炊しろよ。弁当男子とか、なんかそんな本、見たことあるぞ。」 「あっ、はい。ご心配ありがとうございます。」 「仕事もな、あんまり、無理すんなよ。ちゃんと、息抜きしろ。あっ、けど、タバコはほどほどにしとけよ。」 「はい。そうします。」 「お前が元気ならさ、俺はそれで、いいからさ。。。。」 俺もです。と言おうと思って、止めた。これが事実上、二人の最後になるなら、男らしく、さっぱりと。ここは、たわいもない話の延長のようにさようなら。 改まった別れの言葉などいらないだろ。どうせ、先輩の気まぐれで始まった関係なのだから。 「お疲れ様でした。」 「んじゃ、お疲れ。」 佐久先輩は、手を軽く挙げ、そして、帰って行った。 彼が本来、戻るべき場所に。未来がある、日常に。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加