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私的には120点 世間的には70点。4
メールが到着したと思ったら、ほぼ同時に携帯電話が鳴りだして、アタフタしてしまう。
画面に表示された名前は、朝倉先生担当の加藤さんだ。今度はどんなダメ出しをされるのだろうとビクビクしながら画面をタップした。
「谷野の携帯です。お疲れ様です」
『お疲れ様です。谷野さん、朝倉先生からOKが出たよ。注文が細かくて大変だったろうけど頑張ってくれてありがとう、いい出来だったよ。打ち上げには来て下さいね。メールで詳細送っているからよろしくお願いします』
「ありがとうございますっ!!」
電話の向こうの加藤さんへ何度も頭を下げた。
心血を注いだイラストがやっと認められたのだ。
この喜びをどうしよう。
通話が終わってからも、興奮が冷めずに、ルンルン気分で美優を抱き上げる。
「美優ちゃん、ママは、すっごく頑張りました。美優ちゃんもお利口さんで頑張ったものね。大好きですよー!」
娘はキャッキャッと笑った。母親がご機嫌さんだと娘もご機嫌さんなのである。娘の笑顔を見ているだけでお母さんは幸せになれるのだ。
シングルマザーになって、大変なことも多いけれどその分幸せも増えた。この先、色々な問題が出て来るだろうけど、娘のためにも乗り越えて行けるはず。その力も娘がいればこそだ。
「美優ちゃん、ママこれからも頑張るよ!美優ちゃんも応援してね。今度の打ち上げの時、お留守番をよろしくね」
◇
それから数日後。
ピンポーン!
と、チャイムが鳴った。
近くに住む、いとこの紗月が来てくれたのだ。
「子守りお願いして、ごめんね。仕事絡みだから助かります!」
「いいって。夏希ちゃんが、美優ちゃん置いて出掛けるの初めてだよね。仕事絡みなんて言って無いで、たまには羽伸ばしておいでよ」
紗月が慣れた様子で部屋に上がり込む。
そして、手を洗うと美優を抱き上げた。
「美優ちゃん、ママはお出かけするから、紗月お姉ちゃんとお留守番ですよ」
紗月は、”お姉ちゃん”と強調する。
美優が大きくなってからも、”おばさん”ではなく”お姉ちゃん”と呼ばせるために今から刷り込みの作戦だ。
それもそのはず、紗月は、普段はファッション雑誌の編集をしていて、美意識高めの女子なのだ。
そんな紗月は、干物女子の私を上から下まで眺め、呆れたように大きなため息を吐いた。
「夏希ちゃん、まだ、そんな恰好しているの。仕事の打ち上げに出かけるんでしょう!? お化粧もおしゃれも社会人としての最低マナーよ。早く仕度をしなさい」
まだ、部屋着のままの上下スエット姿。そして、頭ボサボサのノーメイクの私を見て、紗月は呆れかえっている。
「いや~、美優がグズッて大変だったのよ」
「言い訳は、いいから早く支度をする。ただでさえ夏希ちゃん、女サボっているんだから戻りが甘くなっているんだよ!」
姉妹のように育った紗月は、気の置けない仲だ。そして、その分容赦がない。
「なに? 戻りが甘いって?」
「化粧した後の女の完成度が低いって事よ!」
くはーっ! キツっ! 刺さった!
「ヤバイ、これから出かけるのにHPが、減った」
「女は、どんなに疲れててもキッチリ化粧すれば誤魔化せるの。ほら、バカな事を言っていないで早くしたら?」
心の中に裏表がなく、ズバズバ言う。一見キツイ様に見えるが、これは紗月の性格だし私の事を思って言ってくれているのだ。
紗月は、暇つぶしにテーブルの上に転がっている朝倉翔也の本をペラペラめくり出した。
最後に背表紙を眺め、ニヤリと笑う。
「今日、会う予定の作家先生なかなかのイケメンだねー。夏希ちゃん頑張れば?」
「はぁ? バカな事言わないで! この悪魔と会うだけで、頭、沸騰そうなんだから!」
細かすぎる依頼で、毎日寝不足になった。その上、プレッシャーで本当に大変だったのだ。
思い出すだけでイライラして、おろしたてのパンストを電線させてしまい、ゴミ箱に投げ捨てた。
「悪魔って、なんかあったの?」
「もう、訳の分からないリテイクを鬼のように出されて、マジ悪魔」
「ふ~ん。でも、仕事でしょ? うちの編集部でも良い物にしようとしたら何度でもリテイクするよ。良い物になるための努力はしないとダメだよね」
ぐっ。そうなのだ。鬼リテイクの後、OKを貰えたイラストは、確かに構図や色合いなど完成度が高く、自分の作品では、一番良い物になった。
一流の人が要求するライン、プロとして一切妥協の許されない仕事は、私の今後の糧となるだろう。
おしゃべりしながら手を動かし、メイクが完成した。
「出来たぁ!」
自分としては、なかなかの出来ばえに仕上った顔を鏡に映して、悦に浸る。
美人とは言われないけど、目がパッチリして、可愛いと言われたことならある(元カレ談)。
たまご型の顔、黒目がちの二重の瞳にアイライナーを入れれば、クッキリパッチリ。唇にピーチオレンジの色をのせたら、ささやかだが、華やかさも出た。
28歳にしては、いいいんじゃない?
自画自賛で、お化粧をして、お出かけ用のカットソーとフレアスカートに着替えた。
自分的には、120点満点。
けれど、腕を組みながら私を見た沙月は渋い顔をしている。
「うーん。70点。やっぱり戻りが甘いな」
くはーっ、キビシイ。自分ではいいセンいったと思っていたのに……。
「70点なら合格?」
「まあ、ギリ、合格だから、せいぜい営業しておいで」
「うん、頑張ってくるね。美優のことよろしくね」
赤点じゃないだけ、マシな70点の私は、天使のイラストを注文した悪魔に会うため、打ち上げのお店に向かった。
◇ ◇
メッセージに添付されたお店のURL。それを頼りに辿り着いたのは、私の知っているような居酒屋ではなかった。
おしゃれな和風モダンの店内、インテリアに置かれた階段ダンスの蝶番の模様まで凝っている。ダウンライトに照らされた艶のある木目の廊下を進んで、個室のドアを開けると編集の加藤さんともう一人の男性が既に到着していた。
「こんばんは、お疲れ様です。今日はお誘いいただきありがとうございます」
「あ、谷野さん、お疲れ様。先生もうすぐ来るって連絡あったよ。谷野さん、こちら編集長の山内です」
「月刊暁の山内です」
山内と名乗った壮年の男性に名刺を差し出され、夏希はそれを受け取る。
「頂戴いたします。イラストレーターの谷野と申します。今回、お声を掛けて頂きありがとうございます」
形ばかりに名刺を交換して席に着いた。作家先生より先に飲むわけにもいかず、お冷やを口にする。
すると個室の扉が開き、背の高い男性が入ってきた。鬼リテイクの作家先生 朝倉翔也だ。
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