子守り誰が? 53

1/1
前へ
/59ページ
次へ

子守り誰が? 53

 朝倉先生が病室に入って来ると、和やかだった空気がピンと張り詰めたような気がした。  緊張したような将嗣の表情を見ると自分もつられて緊張してしまう。 「こんばんは、今、大丈夫かな?」  朝倉先生の柔らかい声が聞こえると、さっきまで将嗣の膝の上で大人しくしていた美優が「あ~」と朝倉先生に向かって手を伸ばした。  その様子を見た将嗣がクシャっと笑って、美優を朝倉先生の腕に渡した。  少し驚いた様子の朝倉先生は美優を腕に抱くと、優しい瞳で命を愛しむように見つめた。 「お姫様は、ご機嫌だね。美優ちゃんが無事で良かった」 と、微笑んだ。 「朝倉さん、夏希の転院が5日後の土曜日に決まりました。転院先の病院は、市大病院です。夏希の入院期間中の美優のお世話の御助力をお願いします」  将嗣が、朝倉先生に向かって頭を下げた。 「園原さん、喜んでお世話させていただきますよ」 「朝倉先生、私からもお願いします」 「夏希さんも早く治してください」  と、優しい瞳がこちらを向き、私は「はい」と返事をした。  そして、美優のお世話のシフト決めが始まる。  私は、横でドキドキハラハラしながら見守っていたが、意外にもスムーズに話が進んで、ホッと息を吐く。 「もう、こんな時間か」  時計は、午後6時を過ぎたところ 「美優ちゃんのご飯の時間だし、風呂にも入れないといけないから、俺、帰るな。朝倉さん、よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくお願いします」  将嗣が美優を連れて病室を後にした。  「翔也さん、良かったんですか? ほとんど翔也さんが美優を見てくれるようなプランになってしまったんですけど……」  そう、基本、朝倉先生の自宅で美優は世話をされて、将嗣の仕事の休日前の夜から次の夜まで将嗣の当番、それが週2回。  結局、週5で朝倉先生。週2で将嗣のシフトになった。 「私のところは心強い助っ人が、いっぱい来るだろうから大丈夫だよ。それより園原さんが任せてくれる気持ちになってくれて良かったよ」 「そうですね、子供の預け先を色々調べたみたいですが、仕事の時間と預け先の時間の兼ね合いで、難しい事がわかったみたいで……」 「どの仕事も9時17時の労働時間って訳ではないだろうし、預けたい園に空きが無ければ、通勤とは関係の無い地域まで行って預けないといけないから働きながら子育てをするのは大変だよな」  保育園がやっと決まったとしても全ての道具に名前を入れたり、なにか行事が有れば参加したり、道具を作って持たせたり、仕事と家事と育児の合間に色々やらないといけない事が増えて大変だと友人から聞いて、げんなりした記憶がよみがえった。  預け先を見つけるのも大変で、見つけてからも大変なのか……本当に子育ては楽じゃない。 「翔也さん、ありがとう。美優の事をよろしくお願いします」 「園原さんには悪いけど、美優ちゃんの事は自分の子供のように思っているんだ。なにせ、産まれた時から一緒だしね」    朝倉先生は、人差し指を口にあて、内緒だよッと、いたずらっぽく笑った。 ◇  入院3日目の朝、面会時間が始まって直ぐに朝倉先生が来てくれた。  「おはよう」とイケボが聞こえ、ベッドの横に来ると、手に持っていた紙袋からフラワーのアレンジメントを取り出した。 「わー!かわいい!」  そのアレンジメントは、ピンクや黄色の色鮮やかなバラがあしらわれて、真っ白で無機質な病室が明るくなった。 「プリザーブドフラワーだから、手入れもいらないって、お花屋さんにススメられたんだ」 「嬉しい。ありがとう。おかげで病室が明るくなりました」  私が笑顔で答えると、朝倉先生は、顔を曇らせ言葉を紡いだ。 「実は、急に仕事が入って、今日は帰らないといけなくなってしまった」  少し寂しく思ったけれど、仕事も忙しいハズなのに遠くまで心配して駆け付けて来てくれただけでも感謝したいし、病院の転院後の美優の子守まで引き受けてくれている。これ以上の我儘は言えない。 「寂しいですが、仕方ないですね。私は、大人しく治療に専念します」 「私も寂しいよ」  朝倉先生の手が私の左手に重なった。 「痛い?」と聞かれたけれど痛みなんて無くて、重なる手が指に絡んだり撫でたり動きが何だか官能的でドキドキしてしまう。  首を傾けて覗き込まれた顔も艶があって色っぽい。  朝の病室で、変な想像をして一人でドキドキしている私って……。  やばい!  もう、絶対に顔が赤くなっている。 「し、翔也さん……。なんだか、触り方がえっちです!」  私が、抗議の声を上げると朝倉先生は ” ククッ ” と笑っている。 「人の事を揶揄って、ひどーい!」  頬をぷくぅっと膨らませていると 「夏希さん、ずっと私に遠慮して話しているから……」  とまだ、クククッと笑い続けていた。  そうして、艶のある瞳が私を見つめ、軽いキスを落とす。 「夏希さん、私は焼きもちやきなんですよ」 「えっ?」  私が、驚いていると、もう一度、キスを落とされた。  唇を食むようなキスをされて、頭がボ―っとする。 「夏希さん、早く元気になってくださいね」  朝倉先生のイケボが耳に響いて、ボーっとしながら「はい」と呟いた。 「そろそろ、帰ります」  朝倉先生が病室を出て行くのを寂しく思いながら掛ける言葉を慌ててさがし、声を掛けた。 「翔也さん……ありがとう」  結局、気の利かない言葉しか出て来なくて自分の色気の無さにガッカリしながら、朝倉先生を見送った。  すると、ほぼ、入れ違いのタイミングで、将嗣のお母さんが入って来た。 「こんにちは、夏希さん。今日は、お話があって伺ったの」  険のある雰囲気に私は緊張した。  
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

994人が本棚に入れています
本棚に追加