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どうしたらいいの? 55
パタパタと足音が聞こえドアが開いた。
「夏希さん、どうしたんですか?」
「翔也さん……」
朝倉先生は、肩で息をし、急いで駆けつけて来てくれて、顔を見た瞬間に再び涙があふれ出した。
「何があったんですか? 美優ちゃんは?」
「美優が……。将嗣のお母さんが、親権を……」
しゃくりを上げながら上手く話せず、さっきあった事を要領が悪い状態で説明した。
朝倉先生は、私が上手く話せなくても、急かすことなく、ゆっくりと頷きながら聞いてくれた。
「夏希さん、もしも園原さんが弁護士を立て来たならこちらも弁護士を立てて闘いましょう。大丈夫です」
朝倉先生に ” 大丈夫 ”と言われると本当に大丈夫な気がする。
「でも、園原さんが夏希さんから美優ちゃんを奪う様な事をするとは思えないのですが……。それより、看護師さんを呼んで手当をしないと……」
朝倉先生が、眉を寄せて、呼び出しのスイッチを押した。
言われて初めて、点滴を差した右手は液漏れを起こして腫れあがり、縫合した左手は包帯に血が滲んでいた。
看護師さんが、やって来てムチャをした事を注意され、小さくなっているところに コンコンとノック音がして、美優を抱いた将嗣が入って来た。
「美優……」
美優を見て、また涙が出て、看護師さんに” 鎮静剤を追加します ”と言われてしまった。
「どうしたの?」
キョトンとしている将嗣に腹が立った。
けど、看護師さんがまだ左手を消毒して包帯を巻き直している最中で怒られるといけないので、キッと睨んだ。
看護師さんが退室するの見届けて私は将嗣に向かって言い放った。
「美優の親権は渡さないからね!」
「えっ?」
将嗣は、寝耳に水と言った感じで酷く驚いている。
「園原さん、先ほど、園原さんのお母さんが見えたのはご存知ですか?」
朝倉先生が訊ねると将嗣は、手を口にあて驚いていた。
「あのね、さっき、将嗣のお母さんが来て、私が美優の母親としてダメだから親権を取り上げるって言われたの」
将嗣は、ギュッと目を瞑って頭を下げた。
「夏希、ごめん。絶対にそんなことしない。母親にもよく注意しておくから……本当に申し訳ない」
美優を連れて、カーディーラーに行っていて、母親の行動を把握していなかったともう一度頭を下げられて、チョットだけ将嗣が可愛そうになる。
将嗣に美優の親権争いの意思がないことを確認出来てホッとすると、鎮静剤が効いてきたのか眠気が来た。
「朝倉先生、ごめんなさい。用事があって帰る所だったのに呼び出してしまって、ありがとうございました。心強かったです。大丈夫そうなので、お仕事に行ってください」
「大丈夫だよ。夏希さん、無理しないで大事にしてください」
朝倉先生の優しい瞳が私を見つめている。安心したからなのか、鎮静剤が利いたのか、私はそのまま眠りに落ちて行った。
次に目が覚めると美優の泣き声が聞こえた。
あっ!と思って起き上がろうとすると体に痛みが走り、目を開けて病院に入院中だった事を思い出す。
「美優……」
小さく呟いて辺りを見回すと、赤ちゃん用の可愛いマグを持った将嗣が美優を抱えて美優のご機嫌を取っていた。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
私を見た将嗣が、悲しそうに微笑む。
「泣かしてごめんな。今、顔を拭くからな」
将嗣が美優を抱いたままで側に寄り、濡れタオルで私の顔をそっと拭いてくれた。
美優が小さな手を伸ばし「まま」と言うと、美優を抱けない状態をもどかしく思う。
涙の痕を拭う、優しくあてられたタオルから将嗣の気遣いが伝わるような気がした。
「朝倉さん、夏希の事を心配していたけど、仕事があるって言っていたから帰ってもらったよ」
「うん」
「母さんの事、ごめんな。俺、何にも知らなくて嫌な思いをさせて……。夏希から美優を取り上げるような事は、絶対にしないから」
「うん」
「親父の介護で気持ちが荒れているんだろな。だからと言って、夏希を攻撃したのは間違いなんだけど、孫が可愛くなったんだろうな。ごめんな」
親の世代になると、そろそろ定年退職を迎える世代で、表からは見えなくても色々な問題を抱えている事が多い。将嗣のお母さんがは介護に疲れてストレスで当たり散らししたのだろうか。
辛い介護の中で、明るい陽射しのような孫の存在を手放したくなってしまった。それには、息子が結婚をすれば良いのだが、相手の女性には別の男性がいる。孫を取られるように感じたのかもしれない。
たくさんの事を抱えている将嗣が、気の毒に思えた。
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