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私だけのヒーロー。
そんなことを考えていたせいか、コンコンとノック音がして朝倉先生の「こんばんは」イケボと共にドアが開く。
美優が朝倉先生に気が付くと、抱っこをねだるように小さな手を伸ばした。
うーん、我が子ながら、なかなかの世渡り上手かも!?
私は、ドキドキとしながら将嗣に抱かれた美優の様子を見守っていると、将嗣が朝倉先生に声を掛ける。
「朝倉さん、お疲れ様です。美優のお世話をお願いします。次回火曜日ですね。それと、ご婚約おめでとうございます。何かありましたらいつでもご連絡ください」
んっ!? これは? 応援してくれる感じだったのに牽制している!?
と、少しドキドキしながら二人のやり取りを見つめた。
「ありがとうございます。大切にお世話させて頂きます」
と、朝倉先生は美優に手を差し伸べ、将嗣の手から美優を譲り受けながら余裕の微笑みを返す。
将嗣がフッと笑い。
「よろしくお願いします。
夏希、今日は帰るからな。お幸せに!」
手をひらひらさせて病室から出て行く、将嗣の後ろ姿に向かってもう一度、声を掛けた。
「将嗣、ありがとう」
私は、将嗣の背中を見送ったあと深く息を吐いた。
美優の子守の引き渡し場所が病室で、朝倉先生と将嗣が顔を合わせる状況にやっぱり緊張する。それに今日は将嗣と色々話をした後だったし……。
「婚約のお祝いの言葉をもらいましたね」
将嗣が出て行ったドアを見つめ朝倉先生が呟いた。
「はい、私も幸せになれって言ってもらいました」
「幸せにしないと後が控えていると牽制されたようだ」
やっぱり、さっきのやり取りにはそういう含みがあったんだ。あの緊張感は私の勘違いではなかったんだ。
ふと視線を落とすとピンクダイヤモンドの婚約指輪が目に入った。
「あっ、翔也さん。お願いがあるのですが、指輪を失くすといけないので預かって頂けますか」
翔也さんは、フッと微笑み。
「わかりました。婚約指輪は、退院するまでお預かりします」
朝倉先生は、私の手を取り、指輪を外した。
そして、薬指にキスを落とし、艶のある瞳で私を見つめる。
「夏希さん、私は結構、焼きもち焼きなんですよ。覚えてくださいね」
その、仕草と瞳にドキドキして言葉の深い意味を考える事なんて出来ない。
朝倉先生は、もう一度、薬指にキスをして微笑んだ。
「結婚指輪はどうしますか? 外商さんに来てもらいますか?」
うわっ! 外商さんなんて発想ないわー。贅沢!
そして、慣れない提案に戸惑っていると他の案を出してくれた。
「ネットのカタログで選んで、注文でも良いですよ」
「あ、それがいいです! ネットのカタログで一緒に選びましょう」
うんうん、慣れない事はしないのが一番!
良い選択が出来たと満足していると、朝倉先生がA4の封筒を取り出した。
「夏希さん、美優ちゃんの誕生日に入籍で良いですね」
中からクリアファイルに入った白地に茶色のプリントがされた紙を渡された。
婚姻届けだ……。
「これ……」
「本当は、二人で提出に行きたいところですが、来週の美優ちゃんの誕生日の頃、夏希さんは、まだ入院期間中なので、私が提出して来ます」
ベッドに付属の可動式のテーブルの上に婚姻届けを広げ、ペンを持ち自分の名前を記入する。
自分の名前なんて今までに何回、何百回、もしかして何万回と書いてきたのに緊張して手がブルブル震えて、大切な書類だというの汚い文字で名前を書いた。
「翔也さん、どうにか書けました」
ホッとしながらペンを置くと印鑑を渡される。
わざわざ印鑑を用意していた事に少し驚きながら、これまた、用意された朱肉に印鑑を押し付け、婚姻届けに捺印した。
「よろしくお願いします」
翔也さんに署名捺印が終わった婚姻届けを渡すと甘やかな微笑みを見せ、封筒に大切にしまう。
「3人で幸せになりましょう」
一年前のあの日、陣痛で苦しむ私を助けて、美優がこの世に産まれ出る時を見守ってくれた。
その時は名前も知らなかった私のヒーロー。
その後、偶然の出会いはきっと運命。そして、運命に導かれ何度も何度も助けてくれた。
運命の輪の中で、引き合い求め合い、これからも一緒に歩んでいく。
私だけのヒーロー。
朝倉先生を見つめる。
優しい瞳が私を見つめ返す。
美優を抱いたまま、私の左手を手に取り薬指にキスを落とし、指を絡めた。
絡められた指にドキッと心臓が跳ねる。
艶を含んだ瞳が私を見つめ、唇が動いた。
「夏希さん、愛しています」
「翔也さん……」
【終】
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