初雪で雪像を作る風習

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うまうまとのんびり朝ごはんを終える頃には辺りは仄明るくなってくる。パジャマからしっかり着替えたネーチャンと再度装備し直したシオヤサンは玄関から出て行った。 「サクッと作っちゃおうぜ。」 「ねえ、なんで庭に行くの。雪だるまにするの?雪兎でよくない?」 ここいらでは初雪で作った雪人形が願い事を叶えてくれる言い伝えがある。ばーちゃんが窓辺にちょこんと飾るのは、南天の実の真っ赤なお目々に緑の葉っぱの耳の雪兎。それで云うんだ。あんたらが風邪引きませんように、って。父ちゃんがボンネットに積もった雪でコロンコロンと作る小さな雪だるまの小石のお目々はキラキラお日様に燦く。家々の車庫の脇に鎮座して彼らは雪の日の無事故を祈ってる。学校の門柱には先生(誰か)が作った子供たちの安全を願う雪兎。玄関には用務員さんが作る竹ぼうきを携えた皆を守る雪だるま。通学路のあちこちでウサギとダルマとアマビエさまが仲良く並ぶ。初雪の風物詩にも流行りがあるのだ。 角スコ片手に新雪を踏みしめ躊躇いなく庭に進むシオヤサンにひきずられるようにネーチャンが着いていく。このへんにしよう!とシオヤサンはスコップでカクカクと立方体を切り出し、エイヤッと投げ捨て始めた。 「まじか。」 「あんたは雪玉丸めて。」 「休日でよかったよ!平日ならもうこの時間、手動除雪機(ロータリー)が来るからね?!うちの前通学路だからね?!雪除け部隊のママさん達に胡乱な目で見られちゃうからね!?」 「雪玉直径1メートル目標ね。」 「無茶ぶりすぎやしないか、おい。」 門柱にちょんと雪兎でいいのに、と項垂れるネーチャンに構うこと無くサクサクカクカク雪を切り出し放り投げ山にしたシオヤサンはペタペタと推し固め、アタマの雪玉を二人がかりでゴロゴロ転がし雪山の横に並べた。そうやって汗だくになったネーチャンは、まんまとシオヤサンにあしらわれてココアを作りに家に戻ってきた。庭先では角スコから畑用木柄の剣先スコップ、略して剣スコ・一般的なスコップ代表に持ち替え一心不乱で雪像を削りだしている。ネーチャンは台所ではバターを湯煎しココアパウダーを練りながらグラニュー糖を足していく。 「あ。豆乳しかない。、、バレるかな。」 コンロの火を消し、財布をポケットに突っ込むと庭先の背中に、牛乳買ってくると声をかけ200メートル先のコンビニに向かう。何を作るつもりかわからないけど、アマビエさまじゃないといいなあ、とコンビニの入り口の脇の黄色い嘴がついた雪だるまを見て怯んだネーチャンは思っていた。クチバシ雪だるまのクオリティが低すぎたからかもしれない。 「ココア飲んだら家に送ってくれ。」 「え、まって。あんたどうやってきたの。」 「夜勤の送迎バスのコンビニ前に乗ってきた。」 「は?スコップ持って?」 「バスにあったやつ。」 「非常(スタック)用のじゃん!?」 「かもしれん。勢いでつい。」 まじか、とネーチャンはアタマを抱える。シオヤサンは両手でマグカップを包み持ちふーふーと冷ましながらにこにこと笑っていた。一仕事終えたイイカオだった。 庭先にでんと横たわる真っ白な雪猫はかーちゃんだ。三毛柄じゃなくてもわかる。アレはかーちゃんだ。つややかでなめらかな尻尾は緩やかに腹に添って落ちてる。箱膳を組む前脚に乗っかる頭は斜めに傾きススキの穂のヒゲはひょんひょんと主張し翡翠石の瞳はとろんとしている。願い事は知ってる。シオヤサンはぽんと雪猫の背を叩いた。ネーチャンは泣き顔で笑って、冷えたから早く入ろう、と足早に去って行った。俺は天をふり仰ぐ。みえてるよなかーちゃん。願いは神様まで届けてやるよ。
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