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プロローグ
街は静かに冬を迎えようとしていた。
今年の年末は、例年に比べるとそれほど騒がしくない。これも新型ウイルスによる感染症を恐れての事だろう。
浦戸忍にとっては、この感染症はどれほどの物なのか見当がつかないが、人間にとっては危険極まりないウイルスらしく、感染すると重大な肺炎や肺塞症、さらにはウイルスが転移しての脳梗塞で死に至るという。
それでも、横浜の街には活気がある。
喜ばしいことなのか、情けない事なのか。
その日は仕事の依頼が無かったので、午前中で業務を終了し、午後からは半休にして社員達を休ませた。
浦戸もその日は、半休として自宅兼倉庫に戻って、いつものコーヒーを煎れて休むことにした。
すると、外の郵便受けに何かが投函された音が、部屋にいる浦戸の耳に聞こえた。
浦戸はマグカップをテーブルに置くと、静かに立ち上がって玄関に行き、郵便受けを覗いて見た。中には一通の手紙が届いている。宛名は『浦戸武様』と書かれていた。
『浦戸武・・・?!』
浦戸はその手紙が誰から、浦戸武という人物に送られてきたのか直ぐにわかった。
封書の中を開くと、たった一枚の便箋に一言だけ、『危篤』と書かれている。
浦戸は手紙をポケットにしまうと、直ぐに部屋に戻って出かける支度を始めた。そして、タンスの引き出しから一枚の墓石が写された写真と数枚の写真を取り出した。
「環、あの子を迎えに来たのかい・・・」と優しく写真に問いかけた。
数枚の写真には、少女と20代くらいの女性それに30代くらいの男性の三人が写っている。
一見すると親子にも思えるが、少女は小学生くらいの大きな子供だった。
浦戸は猿渡に身内に危篤者が出たので、しばらく休むとだけ伝え、会社の事を任せて家を飛び出した。
横浜駅から東海道線に乗って東京駅に出ると、東京駅からは北陸新幹線で糸魚川駅に向かった。
その車中、浦戸は写真を見つめながら、『そっかぁ・・・。あれからもう、97年も経ったのか・・・』と心の中で呟き感慨深い思いにいたった。
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