エピソード ゼロ 出会い編

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 リースは環の事が気になり、出航までの数日、時間を作っては環に会いに行くようになった。  環は東京の大学に通う女子大生で専攻はフランス語学科。偶然なのか、リースの言葉が分かったのは大学で専攻していたおかげだった。  環との会話はリースにとって物珍しい内容ばかりで、初めて来たこの国の事を教えてもらっているうちに、日本語を覚えたくなり、船から荷物を下ろし、適当な宿に仮宿泊を求めると、そのまま環が働くスナック通いを始めた。  リースは毎晩、高価なフランス産の赤ワインを注文したが、高価な赤ワインがそれほど日本に入って来ていなかった為、安物の赤ワインでも、美味しく飲んでいた。 「リース。お酒に強いんですね・・・」  環が毎晩、同じ仕草で驚くのでリースはその都度、「昨日も聞いたよ。その言葉。僕が最初に覚えた日本語。お酒に強いんですね。だよ」と答えた。 「私があなたに最初に送った言葉が、それなの?変よ。他にも教えたでしょう!」  環が頬を膨らませて怒ったようだ。そんな変顔でも可愛いとリースは思った。  そんな環が、リースにとっては日本で初めての友達になった。  二人の関係は月日の経過と共に親密になり、お互いの身の上話も話すようにもなる。  リースは特殊な体の病気で、昼間の太陽の光に浴びるとひどい火傷を起こしてしまう皮膚病だと伝えると、環は「それで、いつも長袖に厚手の生地の服を着ているんだ」と納得してくれた。  ふと、袖口を触った環が不思議な感触に気が付いてリースに尋ねた。 「このクシャクシャという音がするのは、何?」 「おぉ。これは最近、スイスで発明されたアルミ箔という物で、これを服の生地の間に入れていると、太陽の光を遮ってくれるので、皮膚が火傷しないで済むんだ」  リースの説明に環は、アルミ箔という物がどういう物なのか理解できなかったが、それがリースにとって昼間でも太陽の光を気にせずに生活が出来るのなら、素晴らしい発明だと感じた。  リースの服の秘密を知った環は、それならと昼間でも二人で会おうと誘って来た。  お昼近くになって、環との約束の場所でリースは待っていると、普段の格好とはまた違う服装の環が、小さい子供を連れてやって来た。 「リース。ごめんね。この子の子守を頼まれちゃって・・・」と申し訳無さそうに頭を垂れながら話す環に、リースは「構わないよ・・・」とだけ答えた。  小さな女の子の名前は浦戸ふみ(うらど ふみ)という。先日、リースと環が初めて出会った時に酔い潰れていた男の娘だという。 「学校が休みなんだけど、ご両親が年末で忙しくて面倒見れないと言うから、急遽、子守を頼まれちゃって・・・」  そう弁解する環の後ろに隠れる浦戸ふみは、上目遣いでリースの顔を見つめていた。 「怖く無いからね。この外人さん、とても優しい人だし、お父さんを助けてくれた人でもあるんだよ」 「お父さんを・・・?」  そんな二人の会話を聞きながら、リースは複雑な思いだった。 『本来の俺は・・・、人間たちに恐れられた生き物なんだけどな・・・』  そう思った時、最初に環と出会ってから今まで、彼女の生き血を吸おうと思わなかった事に不思議な物を感じ始めた。  リースの心の中に芽生えたほのかな小さな芽は、リースに人の温もりを教えてくれるようになる。  そんな二人に転機は訪れる。  
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