エピソード ゼロ 出会い編

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 1922(大正11年)年 1月  2度目の環との外出は、陽の照らす冬空の中、環からの誘いには変わりは無いが、今回も幼い少女、浦戸ふみがおまけに付いて来ている。  しかし、前回と違うのはふみがリースに慣れたのか、環の後ろに終始隠れていた少女が、今回は自らリースに手を繋ごうと求めてきたことだ。 「あれ、めずらしい。ふみちゃんから手を繋ごうとするなんて・・・」  環が驚いた表情でいうと、ふみは「外人さんの心がわかるから・・・。優しい人だし・・・、お姉ちゃんの事、好きでしょう?」と言った。その一言は二人の顔を赤く染まらせた。  二人の関係が少しギクシャクしながらも、リースは短期間で覚えた日本語を使いながら、「今日はどこへ案内をしてくれるんですか?」と環に尋ねると、環は、「この先、日本に住むなら家が必要でしょう。だから、お家を探しに行きます。って言っても、もう決めちゃってあるので・・・、私からのプレゼント。少し遅いクリスマスプレゼントです」と環が答えた。  大桟橋から山下埠頭へ向かって歩く3人。途中、お店のある飲み屋街の近くを歩いたが、すぐに離れて横浜元町商店街を通り抜け、山手の方へと向かった。  元町商店街の中を走る通りを歩いて行くと、目の前に坂が現れた。 「ここは?」  リースが尋ねると、環は「私なりに調べたんだけど・・・、ここは以前、フランス軍とイギリス軍が駐留していた場所。今でも外国人が多数住む住宅地がある場所。坂の上に行くとちょっと、お高い家ばかりになっちゃうから無理だったけど、この辺りなら・・・」と坂の途中の一軒の家を見つけてくれた。 「この家、本当は売りに出されていた家だけど、店の常連客でもある管理人が、2年期間限定なら貸し出すと言ってくれたんだ」 「借りる?レンタル?」 「そう」  環が視線をそらさずに見つめる薄い水色の外壁の2階建ての家。太陽の光に当たる事を嫌うリースの事を考えてくれたのか、日中の陽射しを少しでも避けるように北側に建てられた家は、それでも広い庭があり、庭には一本の大きな木が植わっている。 「環は・・・、この家を気に入ったのかい?」  リースの問いに環は、「うん」と答えた。 「なら・・・、見つけてくれてありがとう。この家、僕が買うよ」 「えっ?」  驚く環の表情と声に、隣りにいたふみも体をビクッと震わせた。 「僕の実家は・・・、国のね。大金持ちなんだ。だから、この家を買うくらいのお金はある。だから、平気さ。で、幾らなんだい」  飄々と話すリースに驚く環は、頭の回転が付いていけなかった。 「環。その人に会わせてくれ」  リースの思いがけない言葉に、環は言葉を失うばかりだった。  翌月。  リースは宣言した言葉通り、元町から少し上った坂の中腹にある家を購入した。  購入してすぐに引っ越しが始まった。  最初は環と二人で家の中の掃除をすることにしていたが、事の顛末を知っているふみも、一緒に掃除がしたいと言い出し、学校終わりの時間にはリースが迎えに行き、最初に二人で掃除をしている間に、環が大学の講義終わりに合流する手はずとなった。  3人が一緒に掃除する時間となると、すでに夕方になってしまう。そして迎えた夜には環はバイト先のスナックへ行かないといけない。ふみも、家に帰す時間となるので、リース一人となる。 「リース。じゃあ、バイトに行ってくるね」  環の物悲しげな言葉にリースは何も答えられなかった。 「ふみちゃんを、お家まで送ってあげて」  そう言って環は店に向かって行った。  幼いふみを連れて夜の街を歩くリースに、ふみは心を読んだのか、思いがけない言葉を言うのだ。 「リース。お姉ちゃんと一緒に、あのお家に住めば?そうすれば、お姉ちゃんも嬉しいだろうし、ふみも遊びに行く楽しみが増えて嬉しい」 「ふみちゃん。環がそれをうんて言うかどうか・・・」 「大丈夫だよ。ふみから、リースへの贈る言葉。お姉ちゃんに、『一緒に住もう。そして、結婚しよう』って」 「結婚!」  リースは幼い少女から結婚という言葉が出るとは思わず、大きな声で繰り返してしまった。  二人の周りにいた人々が驚いて振り返る。その眼は幼い少女が憧れの男性に向かって告白でもしたのかという視線だった。 「ふみちゃん・・・。そんな・・・、急にそんな事を言っても、お姉ちゃんはすぐには『うん』とは言わないし・・・。いや。そんな事言ったら嫌われるよ」 「そうかな・・・。お姉ちゃんもリースと気持ちは同じだよ。好きだと思いよ。手を繋いでいるとわかるの。私って・・・、不思議な力があるみたいだから・・・」  リースはその言葉にギョッとした。もしかしたら、自分の正体を見破っているのではないかと・・・。 「あっ!お姉ちゃんだ」 「あっ!ふみちゃんにリース!良かったぁ・・・」  環は息を白く吐きながら走って来た。 「どうしたの?」  ふみが走って来た環に聞いた。 「お家に忘れ物をしちゃった・・・。明日使う物だから、取りに戻ろうと思って・・・」 「なら、リースが後で届けてくれるよ。ねっ!」  ふみのその言葉には不思議な力が込められていた。 「あぁ・・・」  リースの情けない返答に、子供とは思えない感性の持ち主ふみが肘で小突いた。 「あぁ・・・、環。提案があるんだけど・・・。あの家に・・・、一緒に住まないか?」 『あぁ・・・、言ってしまった・・・。子供の戯言を真に受けて、言ってしまった・・・』  リースの後悔が顔に浮かぶ。その姿を隣で眺めるふみはクスクスと笑っていた。  呆気に取られるのは環だった。何の前触れもなく、突然一緒に住もうかという提案に驚き、頭の回転が追い付かないでいた。だからなのか・・・。 「えぇ・・・、うん。いいよ」と答えていた。  その言葉を聞き逃さなかった二人だが、反応は違っていた。  ふみは満面の笑みで大喜びをしながら、環に抱き着いた。  リースは逆に、環の言葉の意味を理解しようと何度も何度も頭の中で繰り返すばかりだった。  ふみが二人の手を取って繋いだ。その間に立つふみは、リースにとって嫌悪感を抱く天使に見えた。が、今は恋のキューピッドに感謝していた。
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