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珠乃が八祥寺家に仕え始めて一週間後。
十二階下の美人は大きく仰け反ると、
「ええーっ!」
という、色気の欠片もない吃驚を披露した。
「嘘! じゃあ朱の叔父さんが犯人ってこと?」
「とんでもない。まだ分からないことよ」
珠乃は焦り、手を横に振って否定した。念のため辺りを見渡すと、診察室の窓や扉は閉まっている。万一にも漏れ聞こえたら都合が悪い話だ。
「でもなぁ」
定位置のようにベッドに座るリコは、懐からキセルを取り出した。一応は診察室なので、そのまま刻み煙草を取り出す……なんてことはせず、彼女は雰囲気作りのためだけに、空のキセルを宙に傾け気取ってみせる。
「やっぱり怪しいよ。叔父さん、朱を追い出して当主の座を手に入れたんだろ? しかも自分の娘をあのひっでぇ元婚約者とくっ付けてさ。そのために朱の両親を……なんて、十分に考えられるだろ」
「それが、はっきりそうとも言えないのよ」
珠乃は鼓動を整えるために、着物の胸元に手を当てた。
「私、元々の菱村本家では一人娘だったの。それなのに、八祥寺家に嫁ごうとしていたのよ」
「ああ、それ。ちょっと変だよな」
「ええ。跡継ぎのことを考えたら、婿養子を取るはずよね」
でなければ、婿とは別に血縁者から養子を取る方法も考えられるが。珠乃の父母はどちらも採用しなかった。
「菱村は元々は母の姓だったの。それこそ父が婿養子で、母と結婚して家を継いだ。でもね、母は一人娘ではなくて、血の繋がった弟……つまり、私の叔父がいたのよ」
「叔父さんは、家を継がなかった?」
「継がせてもらえなかったのですって。自分の身内だから言いにくいけど、公私を分けられない人なのね」
跡継ぎを珠乃の母親……蘭子の婿養子にすることを決めた直接的な事件が、菱村が関係する会社の金を叔父が私的に使っていたことだった。それも何社も。
「そのせいで私の父が菱村本家を継いだけど、その後は叔父も反省したのか、割としっかりした風だったのよ」
少なくとも、外見は悪くなかったと珠乃は思う。叔父一家とは年に数回顔を合わせる関係だったが、一家の態度は険悪でも、媚びるものでもなかった。
「だからね、私を八祥寺家に嫁がせた後は、父は自分の跡継ぎを叔父にする予定だったの。話し合いはあったみたいだけど……母も周りも納得していたから、当然叔父も知っていたわ」
空のキセルをついばんでいたリコが、鍍金の吸い口から唇を離した。
「そりゃ、叔父さんも喜んだだろうな。朱の親父様に感謝こそすれ、殺すのはやっぱり、おかしいかなぁ?」
リコはそう言って、首をキセルとは反対の側に傾ける。昼間の中にも艶めかしく、さすが、しなのつくり方が商売人のそれである。
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