【4】菱村の双つ花(一)

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「えっとねぇ、前に一緒に働いていたメイド……年は十七と二十歳(ハタチ)なんだけど、どちらが和紫様のいい人なのかで、取っ組み合いの喧嘩になったの」 「メイドなのに?」 「うん」  かえの表情は笑ったままだ。話の方向に嫌な予感を抱きながら、珠乃はおそるおそる踏み込んだ。 「結局、どちらがいい人だったの?」 「どっちも」 「……あっ」  思わず固まった珠乃を、かえはおかしげに見た。 「どっちもだったの。和紫様、女癖がものすごーく悪いのよ」 「……ちょっと失礼するわね」  珠乃は配膳台の前にしゃがむと、両手で顔を覆った。一人であれば、絶対に叫んでいた。婚約解消になってよかった――!  当然声には出せず、珠乃は代わりに大きな溜息を吐く。縁切れのくだりはさておき、そんな男と添い遂げることにならず本当によかった……。家のための婚姻に文句はないが、珠乃にも最低限の理想はある。 「やっぱり朱ちゃんも苦手?」 「ええ、とても好ましいなんて言えないわ。……かえちゃんは違うの?」  声の調子からしてそのようだ。珠乃がしゃがんだまま顔を上げると、かえは乙女らしく頬を染めた。 「うん、わたしはスキ」  ここでかえは好きではなくスキ、という発音をした。 「品のある遊び人って素敵じゃない? お金もあるし顔もいいんだもん、わたしは和紫様が一番好き。……といってもわたしは、お手付きになったことはないんだけど」 「そ、そうなの……」  珠乃は配膳台を支えに立ち上がった。気が付けば、一対のカップに紅茶が注がれている。その片方をひょいと持ち上げ、かえは夢見る表情(かお)で言った。 「あーあ、和紫様の専属メイドになりたいなぁ。そのうち奥様をお迎えするんでしょうけど、それでもいいの。こっそり妾にしてくれれば」 「……ごめんなさい。私の知らない世界なものだから、目眩がしそう」  というより、すでに視界が揺れている。 「朱ちゃん、純粋そうだもんね。和紫様が苦手だったら、あんまり近付かない方がいいよ。……あっ、別に恋敵を減らしたいとか、そういう意味じゃないからね?」 「うん。……大丈夫よ」  自分からわざわざ近付こうとは思わないので、それでもまったく問題はない。珠乃は気付けのつもりで、かえのつくった一杯をいただいた。出涸らしの割に味が濃い、紅玉(ルビー)色のアールグレイだった。
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