856人が本棚に入れています
本棚に追加
八祥寺家の茶会とはすなわち、ティーパーティーだ。芝の広がる庭園に卓や椅子を設え、パラソルを立て、そこで紅茶と軽食、洋菓子などをいただく。参加人数は多く、食し方や席の移動も自由で――そう、何においても『自由』というのが八祥寺家のこだわりだった。
「アールグレイ」
「あたくしはローズヒップがいいわ」
次々と飛び出る参加者の求めに、はい、はいと珠乃は応じる。裏方の調理は料理人の担当だが、目の前で茶を淹れるのはメイドの役割と教わった。
参加者は、主家を入れておよそ四十人。珠乃も見知った華族や財界の名士の他、外国人の夫妻なども呼ばれており、大層華やかな顔ぶれである。気を遣うことはもちろん、個別の要望が多く忙しい。
他家のように茶室で茶をたて、少人数をもてなす茶事とは違うのだ。静寂に浸る数寄屋造りを恋しく思いながら、珠乃は調理場へと歩を急いだ。ティーセットを上手に回転させねば、この調子では後に足りなくなる。
……自分が下がったので、主会場のメイドが一人抜けた。八祥寺家の雇われメイドは現在八人なので、七人で客人たちの世話をする。
早く戻るべきだと考えた珠乃は、使用済みのティーセットを携え近道を行った。それは今は無人のはずの自動車置き場を通る道だったが、
「さあ、ここを見たまえ。美しい曲線だろう?」
と、予想外に人がいた。叔父の久嗣と、どうしてか藤二である。珠乃は見つかるのを嫌がり、すぐに足を止めた。
「この曲線があるから、ボディ全体に艶気が出る。日中の光沢もいいが、夜の外灯を浴びたときの様子がね。素晴らしいんだ」
「そうでしょうね。さすが仏蘭西車は、見栄えがいい」
どうやら二人は席を立ち、叔父の新車を見に来ていたようだった。藤二も個人で持っているくらいだから、車好きではあるのだろう。自慢げな久嗣の語りに、藤二は愛想よく合わせている。
「私がこれを見つけたとき、体のあちこちに稲妻が走ったんだ。まるで初恋のような衝撃だったよ」
「これだけよい車でしたら、そう思われるのも仕方ありません」
「君のは独逸車だったね。中を見せていただいても?」
「もちろん大丈夫ですよ。……ところで」
藤二は突然、息をひそめて言った。
「菱村珠乃さんは、息災ですか」
最初のコメントを投稿しよう!