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「……え?」
朱鷺色のチュール生地を揺らし、涼華が振り返る。緊張のせいか強張った所作だが、相手は所詮使用人。彼女は珠乃のメイド服をみとめるなり、引き結んでいた唇を静かにほどいた。
「――ええ。お願いいたします」
許しを得たので、珠乃は涼華の横に立つ。道具が揃っていることを確認し、一つ一つ丁寧に手元に寄せた。銀塗りの保温瓶はまだ温かい。
「茶葉は何にいたしましょう? 今日の中ではアッサムがおすすめですが、もうお飲みになりましたか?」
印度産、英吉利経由。茶会の数日前に入ったものだが、アッサムにおいて夏摘み――セカンドフラッシュは色も香りも鮮麗に高まり、特に良品とされる。先日の我が儘を聞くまでもなく、珠乃が涼華に飲んで欲しいのはこれだった。
いいえ、と涼華がかぶりを振ったのを受け、珠乃は慣れた手付きで給仕を進める。
「アッサムはコクが強いですから、お砂糖をたっぷり入れても風味が負けません。甘いのはお好きですか?」
「……好きです」
「――では、多めにお入れいたしましょうか」
紅茶が出来上がってすぐ、珠乃はシュガーポットの蓋を開けた。青い磁器製のポットの中には、薔薇の形をした白砂糖がころころと詰まっている。珠乃はその一つを摘まみ取ると、
「愛らしい形ですよね。可憐な涼華様には、とてもお似合いですわ」
そう言って、浅いティーカップの中に花を忍ばせた。
「……」
白薔薇が底に沈み、外縁からほぐれてゆく。涼華はカップを静かに傾けると、甘みの増えたアッサムを口に含み、細い喉にゆっくりと流し込む。
しばし黙った後……彼女は息をついてから、きっとまなじりをつり上げた。
「――私。貴女のお友達ではありません」
瞳も声も、氷が張ったように冷たい。珠乃は驚いたが、それでも心配する気持ちで涼華の機微をうかがった。
「ええ、それはもちろん。ですが――」
「もう嫌」
ティーカップを持つ涼華の手が揺らぎ、珠乃の前で捻られた。中のアッサムが滴り落ち、メイドの白エプロンを薄紅に染める。
「さっさと辞めてしまいなさい。向いていませんわ、メイドには」
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