【5】菱村の双つ花(二)

7/9
前へ
/160ページ
次へ
「……え?」  朱鷺色のチュール生地を揺らし、涼華が振り返る。緊張のせいか強張った所作だが、相手は所詮使用人。彼女は珠乃のメイド服をみとめるなり、引き結んでいた唇を静かにほどいた。 「――ええ。お願いいたします」  許しを得たので、珠乃は涼華の横に立つ。道具が揃っていることを確認し、一つ一つ丁寧に手元に寄せた。銀塗りの保温瓶はまだ温かい。 「茶葉は何にいたしましょう? 今日の中ではアッサムがおすすめですが、もうお飲みになりましたか?」  印度(インド)産、英吉利(イギリス)経由。茶会の数日前に入ったものだが、アッサムにおいて夏摘み――セカンドフラッシュは色も香りも鮮麗に高まり、特に良品とされる。先日の我が儘を聞くまでもなく、珠乃が涼華に飲んで欲しいのはこれだった。  いいえ、と涼華がかぶりを振ったのを受け、珠乃は慣れた手付きで給仕を進める。 「アッサムはコクが強いですから、お砂糖をたっぷり入れても風味が負けません。甘いのはお好きですか?」 「……好きです」 「――では、多めにお入れいたしましょうか」  紅茶が出来上がってすぐ、珠乃はシュガーポットの蓋を開けた。青い磁器製のポットの中には、薔薇の形をした白砂糖がころころと詰まっている。珠乃はその一つを摘まみ取ると、 「愛らしい形ですよね。可憐な涼華様には、とてもお似合いですわ」  そう言って、浅いティーカップの中に花を忍ばせた。 「……」  白薔薇が底に沈み、外縁からほぐれてゆく。涼華はカップを静かに傾けると、甘みの増えたアッサムを口に含み、細い喉にゆっくりと流し込む。  しばし黙った後……彼女は息をついてから、きっとまなじりをつり上げた。 「――私。貴女のお友達ではありません」  瞳も声も、氷が張ったように冷たい。珠乃は驚いたが、それでも心配する気持ちで涼華の機微をうかがった。 「ええ、それはもちろん。ですが――」 「もう嫌」  ティーカップを持つ涼華の手が揺らぎ、珠乃の前で捻られた。中のアッサムが滴り落ち、メイドの白エプロンを薄紅に染める。 「さっさと辞めてしまいなさい。向いていませんわ、メイドには」
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加