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「友人です。この件では目的が一致しておりまして」
「目的――?」
「もちろん、今の貴女の目的と同じですよ」
軍服姿で親しげに言われ、珠乃はすぐにはうなずけなかった。自分と同じ。父と母を亡くすことになったあの悲劇の真相を、この二人も解き明かしたいと考えている?
珠乃が理由を聞きあぐねていると、二人分のオレンヂヱードが銀盆に乗せられてきた。
見た目にも爽やかな、明るい盛夏の色。新鮮な果実を贅沢に搾ったフルーツヱードはハイカラな嗜好品で、珠乃は以前から好いている。
「冷たいうちにいただきましょう」
神瀬がそう言ったので、珠乃もストローに唇を寄せ、喉奥に流し込んだ。美果の甘みがまとわりついた舌で、珠乃はいよいよ切り出した。
「その、手紙の内容ですけれど……」
「貴女にお伝えできるほどには、事実だと思っています」
「あの家に手掛かりがあるというのも、本当ですか」
「ええ。そうです」
「――どうしてまた」
八祥寺家なのですか。口にせず、珠乃は神瀬の面差しをじっと見つめた。異人の血は入っていないようだが、見目華やかで麗しく、髪の色がやや淡い。目元にかかりそうな前髪を左右に分け、彼は自分の美しい眉目を隠そうとしていなかった。
ともすれば自信家とも取られる居住まいで、青年は珠乃だけに語りかける。
「菱村智景殿――貴女のお父様に関する捜査を打ち切らせたのは、どうやらあの家のようなのです」
双眸の光とは裏腹に、ひそめいた声だった。
「誠吾の勤め先が新聞社でして。あいつ、警察部の記者をしているのですよ」
「そうなのですか……」
言われてみれば、夜更けに現れた誠吾の格好はいかにもそれらしかった。
……しかして。父の自殺に、八祥寺家が何かしらの形で関わっている。それも捜査を打ち切らせたとなれば、潔白でない可能性の方が高かろう。
考え込む珠乃を見守りつつ、神瀬はヱードで口を濡らしてから言う。
「もちろん巧妙に人を挟んで、少し調べたくらいでは分からないようにしていたみたいですが。あの家ならどの方面にも繋がりはあるでしょうし、できない芸当ではないでしょう」
「……その繋がりは、軍ということはありますか?」
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