【6】マンジュリカの懊悩(一)

6/9
前へ
/160ページ
次へ
「友人です。この件では目的が一致しておりまして」 「目的――?」 「もちろん、今の貴女の目的と同じですよ」  軍服姿で親しげに言われ、珠乃はすぐにはうなずけなかった。自分と同じ。父と母を亡くすことになったあの悲劇の真相を、この二人も解き明かしたいと考えている?  珠乃が理由を聞きあぐねていると、二人分のオレンヂヱードが銀盆に乗せられてきた。  見た目にも爽やかな、明るい盛夏の色。新鮮な果実を贅沢に搾ったフルーツヱードはハイカラな嗜好品で、珠乃は以前から好いている。 「冷たいうちにいただきましょう」  神瀬がそう言ったので、珠乃もストローに唇を寄せ、喉奥に流し込んだ。美果の甘みがまとわりついた舌で、珠乃はいよいよ切り出した。 「その、手紙の内容ですけれど……」 「貴女にお伝えできるほどには、事実だと思っています」 「あの家に手掛かりがあるというのも、本当ですか」 「ええ。そうです」 「――どうしてまた」  八祥寺家なのですか。口にせず、珠乃は神瀬の面差しをじっと見つめた。異人の血は入っていないようだが、見目華やかで麗しく、髪の色がやや淡い。目元にかかりそうな前髪を左右に分け、彼は自分の美しい眉目を隠そうとしていなかった。  ともすれば自信家とも取られる居住まいで、青年は珠乃だけに語りかける。 「菱村智景(ちかげ)殿――貴女のお父様に関する捜査を打ち切らせたのは、どうやらあの家のようなのです」  双眸の光とは裏腹に、ひそめいた声だった。 「誠吾の勤め先が新聞社でして。あいつ、警察部の記者をしているのですよ」 「そうなのですか……」  言われてみれば、夜更けに現れた誠吾の格好はいかにもそれらしかった。  ……しかして。父の自殺に、八祥寺家が何かしらの形で関わっている。それも捜査を打ち切らせたとなれば、潔白でない可能性の方が高かろう。  考え込む珠乃を見守りつつ、神瀬はヱードで口を濡らしてから言う。 「もちろん巧妙に人を挟んで、少し調べたくらいでは分からないようにしていたみたいですが。あの家ならどの方面にも繋がりはあるでしょうし、できない芸当ではないでしょう」 「……その繋がりは、軍ということはありますか?」
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加