『しらない』

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『しらない』

店員さんは、きっと知らないのだ。仕方がないと言えば仕方がない。 「こちらをお下げしますね。」 ありきたりのそんな言葉が発せられた時、私は旧友との歓談に夢中になっていた。 気がついて振り向いた時には、「それ」は持ち去られた後だった。 久しぶりの、旧友との交流はとある飲食店で、お酒も提供される店。そのために、食べ物に関してはお酒に合わせて多岐に渡るメニューが取り揃えられていた。 そんな中、チーズ好きの友人が選んだワインに合わせて四種のチーズを使ったピザをオーダーした。 有名どころのチーズばかり選ばれていて、その一つがブルーチーズだったので、当たり前のように「はちみつ」がついてきた。 なめらかなドリップタイプで香りもつよくないものだったので、多分よく見るアカシアか百花蜜だろう。 オーダーのピザにはかけて余りある量を、容器に入れて持ってきてくれた。 はちみつは、ピザに対しての仕事が終わり、案の定ティスプーンで数杯分、容器に残っていた。 それを、先程の店員が当たり前のように下げに来たという始末だった。 私は、自分自身のその数分間の失態を嘆いた。 旧友も理由を知って一緒に悲しんだ。 もう既に、はちみつの入った容器は洗浄のコーナーに置かれ、流されただろう。 私も食事を食べきれないと残してしまう。良くないことだが、多少は致し方がないと思っている。 ただ、ことはちみつに関しては、少し違う感情が働いてしまう。 はちみつは、ミツバチが彼女らの生活のために摂り貯めた産物だ。 彼女・・・ミツバチの殆どは、メスだ。 人間が横取りするから、仕方無しに無理に働かされて生涯をかけて集めてくるものなのだ。 その量は、一生涯でティースプーン半分くらい。 容器のはちみつの残数を考えると、4~5匹のみつばちの一生を台無しにしたことになるのだ。 きっと、あの店員さんはそんな背景を知らない。 洗い場で頑張っている誰かもそんな事を知らない。 はちみつをこのピザに使おうと考えた人も知らない。 私と旧友は知っていた。ただそれだけの事なのだ。 だからこそ、その恵みに対して「知っていた」私達は敬意を払って、最後まで、その一滴まですくい取らなければならなかった。 しかし、後悔するも時は戻らないのだ。 知っている者は「知らない」が当たり前にすぐとなりにあることを、いつでも考えなければならないと、寒い風に酔いをさましながら旧友との交流を終えた。
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